ホットジュピターは孤独ではない


ホットジュピター


1995年に発見された太陽型星を公転する最初の確実な系外惑星であるペガスス座51番星bは、ホットジュピターと呼ばれるタイプの惑星の最初の発見例でもありました。

ホットジュピターとは太陽系の(狭義の)木星型惑星(=木星や土星)並みの質量を有しながらも主星の至近距離を公転している惑星のことで、公式な定義は存在しないものの、大抵は「公転周期10日以内の木星型惑星」として定義づけられます。

質量が太陽並みの恒星を前提とすると、公転周期10日は軌道半径約0.1天文単位(1天文単位=地球太陽間の距離)に相当します。太陽系の木星型惑星は5天文単位以遠に存在しますので、ホットジュピターは、太陽系の木星型惑星と比べて何十倍も主恒星に近い軌道を周回していることになります。

ホットジュピターの統計

ホットジュピターは観測が容易であることから1990年代から00年代にかけて他の種類の系外惑星に先駆けて数多くが発見され、いち早く系外惑星に関する統計研究の対象となりました。

最初に研究されたのは単純にホットジュピターがどれほどの頻度で存在するのかという統計でした、ホットジュピターが当初高頻度で見つかっていたのは強い観測バイアスによるものであり、ホットジュピターは実際には太陽類似星の1%以下にしか存在しない珍しい天体であることが明らかになりました。

ホットジュピターは孤立している

さらに研究が進むと単純な存在頻度だけでなく次のような統計的傾向が次々と明らかになりました。

  1. ホットジュピターの存在頻度は主星の質量に依存する。F型主系列星やG型主系列星でピークに達し、それより質量が大きくても小さくても頻度が減少する。

  2. ホットジュピターの存在頻度は主星の金属量が多いほど高くなる

  3. ほとんどのホットジュピターは近隣の軌道に別の惑星が存在しない孤立した状態で存在している

今回の研究は3.の統計に焦点を当てたものです。3の統計についてはこれまで曖昧な結果しか得られていませんでした。

今回の研究の概要

今回の研究の結果は「ホットジュピターのうち12±6%は孤立していない(=隣接した軌道に別の惑星が存在している)」ということを明らかにしたものです。2010年代前半以前にはこのような「孤立していないホットジュピター」の例は見つかっておらず、ホットジュピターは「例外なく完全に」孤立しているという可能性もありました。

2010年代後半になると孤立していないホットジュピターが少数ながら発見され、そのようなホットジュピターの存在頻度が「少なくとも完全に0でない」ことは分かっていましたが、具体的にれほどの頻度なのかはよく分かっていませんでした。
これまでの推定ではその「孤立していないホットジュピターの頻度の下限値」が

  • 0.8+7.7/-0.8% (Huang et al., 2016)

  • 7.3+15.2/-7.3% (Hord et al., 2021)

といった結果が報告されています。これらの研究では統計データが不十分だったため誤差が大きく誤差範囲のマイナス側が0%に被っており誤差を考慮すると「下限値が0%=あらゆる頻度が有り得る」という曖昧な結果しか得られていませんでした。

今回の研究ではホットジュピターに隣接した惑星の検出方法としてトランジット時刻変動(TTV) という技法を用い、ケプラー宇宙望遠鏡の観測データの総集編となるケプラー・データリリース25の分析を行うことでこれまでの研究よりも高精度な統計的結論を得ることに成功しました。

今回の研究では「孤立していないホットジュピター」の頻度として12±6%という、誤差範囲が0%に被らない最初の統計的に確実な結論を得た点でこの分野の統計研究における大きな前進と言えます。
12%という中央値は従来の推定より高めですが誤差の範囲で矛盾はしない値です(下図参照)。孤立していないホットジュピターは頻度は高くないが確実に存在するという結果です。


左二つが従来の2つの研究による推定範囲、最も右が今回の研究による推定範囲

ホットジュピターの3つの形成経路


孤立したホットジュピターの統計は、ホットジュピターの形成メカニズムを調べる上で重要な情報になると考えられています。

ホットジュピターがどのように生まれるか、広く合意を得た単一の仮説は存在せず、大別して次の3つの形成経路が提唱されています。

  1. その場形成

  2. スムーズマイグレーション

  3. 高離心率マイグレーション

その場形成仮説

1は読んで字のごとく最初から現在の軌道で形成されたというものです。
2.と3はホットジュピターは太陽系の木星型惑星のように惑星系の外側領域で生まれた後、何らかの理由で軌道が縮小してホットジュピターとなったという説です。

スムーズマイグレーション仮説

なお、マイグレーション (migration)とは「移動・転居・移住」という意味で、惑星形成論では天体の軌道半径が大きく変化して天体が公転する領域が一変することを意味します。

2.のスムーズマイグレーション説というのは、次のようなメカニズムです。

惑星系の外側で巨大ガス惑星が生まれる
原始惑星系円盤ガスとの相互作用でスムーズに=円軌道を保ったまま連続的に軌道が縮小
ホットジュピターの誕生

という仮説です。

高離心率マイグレーション仮説

3.の高離心率マイグレーション説ではホットジュピターは次のようなメカニズムで形成されます。

こちらはスムーズでないマイグレーションを経てホットジュピターが誕生するという仮説です。

  1. 惑星系の外側で巨大ガス惑星が生まれる

  2. 主星の至近距離と惑星系の外側領域を往復するような長楕円軌道に遷移する

  3. 主星の潮汐力により巨大ガス惑星の軌道が縮小

  4. ホットジュピターの誕生

離心率とは楕円がどれだけ真円から離れて潰れた楕円になっているかを表す数値で、この仮説ではマイグレーションの過程で離心率が高い長楕円軌道を経ることになるため高離心率マイグレーションと呼ばれます。

潮汐力によ軌道の縮小は、惑星の近点距離を保ったまま遠点距離だけが縮む形で起きるため、最終的には半径の小さい円軌道のホットジュピターに行き着きます。

主星の潮汐力による円軌道化が起きるためには巨大ガス惑星は近点において0.05天文単位以内(1天文単位=地球太陽間の距離)にまで主星に接近する必要があります。

マイグレーションを経るという点ではスムーズマイグレーション仮説と同じですが、この仮説ではそのマイグレーションはスムーズではなく楕円軌道を経る点が異なります。

巨大ガス惑星が長楕円軌道に遷移するメカニズムについては以下のように複数が提唱されています。ひっくるめて高離心率マイグレーション説の範疇で扱われます。

  1. 重力散乱 : 巨大惑星同士の近接遭遇により軌道が大きく乱される現象

  2. 古在共鳴 : 惑星系の外側にある恒星の伴星などの重力で離心率が増加する現象

  3. そのほか、通常の惑星同士の重力相互作用(摂動)でも離心率が増加することがある。

ホットジュピター孤立統計と形成論

その場形成・スムースマイグレーション・高離心率マイグレーションではそれぞれ異なる惑星系の構造を生み出します。高離心率マイグレーションではマイグレーション途中の高離心率段階でホットジュピターの周囲の惑星は軌道が不安定になって他の惑星や主恒星に衝突したり惑星系から放出されて、ホットジュピターはほぼ確実に孤立してしまいます。一方で、他の2つの仮説ではホットジュピターと、それに隣接したより小質量の惑星が並立し得ます。

さて冒頭のように従来から「ホットジュピターの大半は孤立している」という統計的傾向が明らかになっていました。これは高離心率マイグレーション仮説を支持する観測事実です。

玉虫色の結論へ

今回の研究では孤立していないホットジュピターが低頻度(12±6%)ながら確実に存在することが統計的に実証されました。

今回の研究結果を基にホットジュピターの起源について言えることは

  1. ホットジュピターの大半が高離心率マイグレーションで生まれることは否定しない

  2. ホットジュピターの全てが高離心率マイグレーションで生まれるという説明は明確に棄却する

の2点です。これは、ホットジュピターは単一の形成経路ではなく「複数の異なる形成経路で誕生し結果的に似たような状況に行き着いた惑星」の集合であるという見方を支持するものです。

今回の研究チームではこの混合起源説をさらに推し進めて異なる二つの形成メカニズムの中間的な状況が連続的かつ無数に存在し、3つの形成経路はその連続体の端的な状況と見て、、その端点の中間にある連続的な結果の混合物としてホットジュピターを位置づける枠組みを提唱しています。

このような連続的な状況を許容する枠組みでは「3つのうちどれか」という議論はもはや意味がなく、「どれがどのぐらい影響しているのか」という議論を進めていく必要があります。その議論の材料として今回の研究のような統計的情報は役立っていくことになります。




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