百戦百勝の警戒
百戦百勝とは、100回の戦闘で100回全部を勝利をおさめるほどの、圧倒的な優位の局面展開を指す言葉です。実力差が大きいもの同士が実際に争うと、このような結果になることもあるかもしれません。しかし、それが最初から予想できると紛争を回避し、別の選択をするかもしれませんので、百戦百勝のような事態は本当は起こりにくいかもしれません。他方、当事者は、主観的願望としては、常に勝ちたいと願っています。実際の彼我の力関係、また内外情勢を脇において、常に勝ちたいという心情はあるでしょう。しかし、たいていの人はそう思い、共感するとすれば、それはある種の偏りなので、隙が生まれる要因になるかもしれません。勝敗は、勝ちたいから... ではなく、勝つべき理由があるから... ということが主に働くでしょう。加えて、事前には想定することのできない種々の偶然的要素などにも左右されます。むしろ、たいして根拠のない余計な願望は落とし穴になるかもしれません。世の中で起きているいろいろな事象を見れば、その多くは、多少なりとも不確かさや確率的な要素を含んでいて、ぴったり100%tと言わずともほとんど100%というものでさえ相当稀れです。百戦百勝は、むしろめったに起きないことなので、圧倒的な優位の自覚があるのであれば、なおのこと、低い確率とは言え、失うかもしれない一戦への警戒が重要ではないかと思われます。
百戦百勝と言えば、"The Art of War"(日本で「孫子」とか「孫子の兵法」と呼ぶ書物)にも登場する有名な文言がありますね。「百戦百勝は善の善なるものにあらず」です。この書は、Sun Tzu (孫武)が中国の春秋時代(B.C.770頃~B.C.450頃)に執筆したとされる兵法書で、原文(中国語)とともに、英語に訳しているホームページがあります。
13ある章の3番めの章は、謀攻(日本語では「 謀攻篇」、英語 Attack by Stratagem)です。その1番最初の項目が次の文です。「百戦百勝は善の善なるものにあらず」が登場しています。
書き下します。
先ほどのホームページに出ている英文を見ましょう。英語の説明のほうがあいまいさがなくて、文意が明快になるでしょうか。
勝ち方を教える兵法の書にして「百戦百勝はちっともベストではない」と言い切っているのですから、よく考える必要があります。ここは、まず、そもそも論として、戦争という破壊的な行為に及ぶこと自体の不利益の認識があります。なぜでしょうか。もし、自分が勝ち、敵国を征服できると思っているとすれば、その勝利の後の治世を考えます。そこで勝つという短期的未来の結果が同じでも、どのような状態で勝つのか、という勝ち方を、中長期未来の利害得失を計算して判断するということです。
また、この箇所では明示的に書かれていないですが、結局、百戦百勝は無理があるということです。何より仮に99戦99勝であれば、次の100戦目は、戦う前から勝った気になり、油断が生まれ、隙だらけになるでしょう。敵方の参謀が「孫子の兵法」に精通した知恵者だったら、いくら実績があったにしても現状隙だらけの集団を全滅に陥れる策を編み出してくるかもしれません。99勝しても、あるいは、したからこそ、100戦目で全滅する危険を警戒しなければならないでしょう。自分の側には油断が、また追いつめられた敵方には、予想を超える猛反撃があるかもしれません。そんな事態は、決してベストではない。
さらに、仮に一時的に優勢に立ち、勝利をおさめ、天下を制したとしても、それが必ずしも長く続くわけではない、諸行無常、盛者必衰という現実もみる必要があります。時代は動いてゆき、変化します。百戦百勝にこだわる当事者は、単純な延長線以外には no idea であることも多いような気がします。もし、そのまま、進んでいった場合、どういう結末が待っているでしょうか。
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