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祟りの地

懐かしいのは当たり前だろう?
数10年ぶりなんだから

夜汽車に揺られながら、長い時間、ずっと楽しみにしていたよ
途中の駅に止まるたびに、あといくつと指折り数えたよ

無人駅を降りた
ここから歩いて山を2つ越えるんだ
一本道なので迷う心配はない
辺鄙なところだが、郷里は特別なものだ

「帰って来るな」という差出人不明の手紙が届いていたことを思い出した
おそらく、いたずらに違いない
だが、なぜ帰郷のことがわかったのだろう?

だいぶ近づいてきたが、足元に何かあって転びそうになった
生暖かい風が吹いた
そう言えば、いつの間にかあたりはすっかり暗い

あれ? 行き過ぎたかな?
この登り坂は、村を抜けた反対側の山道のはずだ
変だと思いながら、登り続けたよ

峠から見おろしても、あたりは真っ暗だ
どこにも村の明かりは見えない

引き返そうか

その時、この道をごく最近歩いたことを思い出した
そうだ、あの時は、手や顔が血で汚れていたのだった
近くのため池まで行って洗ったっけ

さっき登って来た道を下ることにした
下りて、ため池の方に行ってみようと思ったんだ

不覚にも、ため池のほとりで派手に転んでしまったよ
おかげで、びしょびしょだ

暗がりのなかで、池の水面に浮いているものがあることに気づいた
人の顔のように見える
1つじゃない
たくさんある
数えてみたら8つだ

顔見知りのような気がする
どうして、ここにいるんだ?

それはともかく、早く岸に上がって先を急ごう

ところが、このため池はやっかいな沼地のようだ
岸に戻ろうと思っても、足が前に進まない

おかしなことだが、なぜだか手元に銃と日本刀があった
思わず、夢中になって銃をぶっぱなし、日本刀を振り回したよ

よく見ると、このため池は水ではなく、血の池のようだ
そう言えば、前に来たとき、いくら手や顔を洗っても血が落ちなかったんだっけ

それよりも、早く上がらなきゃ
さっき動かなかった足が動いたのでほっとしたよ
岸に一歩近づいたのに、なぜだか、ずぶずぶと深くなったかな?

首のあたりまで池の水に浸かってしまった
おかしいな
早く上がって、先を急がないと

気がつくと、すぐ近くにさっきの8つの顔があった
血だらけの首だ

懐かしいね、と言おうとしたとき、がたんと大きな音がして目が覚めた
汽車が止まった
車掌が来て、この先には行けないから、と言った
(439字)

2023年4月下旬頃からシロクマ文芸部の企画に参加させて頂いております。ショートショートから始め、新たな好奇心で漢詩(七言律詩)、短歌、連歌なども練習しています。今回のお題は「懐かしい」が書き出しでした。どうぞよろしくお願いいたします。

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