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シン・シュレディンガーの猫
ジュリエットが遠くを見るような目をして言った
そんな時代もあったわね
今から1000年か2000年ほど前だろうか
3Dプリンティングと呼ばれる立体物製造技術があった
立体を構成するすべての点の3次元座標をもとに、原料を1層づつ積層して立体を構成する
多品種少量生産に適し、わずかに変更されたものを低コストに製造できることから研究開発用途にはもってこいだ
この技術は一連の高次元テクノロジーによって置き換えられた
その際たるものは3次元コピーと呼ばれるものだ
4次元の観点では、3次元物体は常に内部は素通しであり、3次元世界におけるコピー機で紙の2次元情報を複写するとのとまったく同じく、瞬時にコピーできる
この技術は、工業製品はもとより、犬、猫、ウサギ、リスといった生き物にも応用された
生物は地球上に姿を現した5億年以上前から、生殖機能を持っているから、放っておいても増殖する
だが、もちろん細かく言えば、増殖と言えども個性がある
その点、3次元コピーは、少なくとも見た目は本当にそっくりだ
かつて、シュレディンガーの猫のパラドックスという思考実験が、量子力学の観測・測定問題の文脈で語られたことがあった
放射性物質から50%の確率で発生する放射線を検知するガイガーカウンターと青酸ガス発生を結合させておいた時、その場所に閉じ込められている猫の生死は、箱を開ける直前まで、生きている状態50%と死んでいる状態50%の重ね合わせであり、箱を開けることによっていずれかに確定する
3次元コピーの登場により、そっくりの猫を1000匹でも10000匹でも作れるようになり、この思考実験を実際に多数回繰り返し起こさせることができるようになった
もちろん、動物愛護の観点から、世界規模の大反対があった
だが、西欧諸国が揉めている間に、某国は、出し抜くように実験を敢行した
その暴挙だけでも、大紛糾する事案だが、結果が発表されて、さらに世を騒がせた
大方の予想を裏切り、この実験では、死なない猫が大半だった
どの箱にも猫は1匹しか入れなかったはずが、なぜだか、2匹の死体が見つかる場合があった
ますます謎が深まったようだが、どうも、そもそも猫はその実験に使われた青酸ガスには鈍感だったようだ
それよりも、目に前の自分そっくりの猫の存在は、大問題だったようで、相討ちで絶命するほどの闘争になるようだ
今も語り継がられる生き写しバトルの猫の実験は、世間を騒がせた割には、量子力学とは直接関係がなかったようだ
そっくりもほどほどがいいのよ
自然はうまくできているわね
(1049字)
2022年8月20日以来、以下の企画に参加させて頂いています。1年ぴったり続ける予定です。このところは毎週月曜に投稿、今回のお題は「生き写しバトル」でした。どうぞよろしくお願いいたします。
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