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リスタートはただいまのあとで:光臣と大和が壊す壁

※ネタバレを含みますのでご注意ください

基本情報:
ココミ著の同名コミックス原作の実写映画化作品。2020年9月4日公開。
古川雄輝・竜星涼のダブル主演で、撮影は主に長野県千曲市と上田市で行われた。
キャッチコピーは「癒し系”純愛BL映画”」。
なお、公開地域や上映館数の拡大を目標としたクラウドファンディングが実施され、目標額を達成している。

【古川雄輝登場度】★★★★★
「2週間泊まりでの撮影の間、休みは1日しかなかった」とは本人談。
それだけにほぼずっと画面に映っている状態と言っても過言ではない。

【ファン初期に観る作品としておススメ度】★★★★
BLではあるものの、純粋に人を愛する気持ちは自然に受け入れられるのでBLは初めてという方でも大丈夫。相手が女性でない分、単純な男らしさに収まりきらない魅力が感じられて新鮮。
熊井大和役の竜星涼とのじゃれ合いシーンはアドリブとのことで、2人の楽しげな様子も見どころ。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

かの川端康成『雪国』の書き出しはこうだ。
場所が変われば、いつもそこから自ずと新しいストーリーが始まっていく。

『リスタートはただいまのあとで』の主人公・狐塚光臣(古川雄輝)もまた、トンネルを抜けて故郷へ帰る。東京で仕事をクビになり、傷心で10年振りに実家へ戻ることになったのだ。何をやっても上手く行かない、都会での10年は、光臣にとって長い長いトンネルのようなものだった。
光臣はそこで近所で農園を営む熊井のじいちゃん(蛍雪次朗)の養子である大和(竜星涼・古川雄輝とのW主演)に出会うのだが、大和は必要以上に馴れ馴れしく光臣に絡んで来て…。

これは主人公2人が、心にあるいくつかの壁を壊し、乗り越えていく物語だ。
光臣は、東京で上司に人間性を否定され、自分を好きになれない自分自身の中に。そして家業である家具屋を継ぐことを許してくれない父親(甲本雅裕)との間にある壁を。
大和はその生い立ちによって他人が自分の心に踏み込むことを拒み、また養子として馴染むために、本当の両親について知ることを遠ざけている、その心にある壁を。
2人がそれぞれの壁を壊す力になるのは、光臣と大和、お互いの存在だ。
結果的に、2人は同性同士が愛し合うことという壁をも越えることになる。
BLという側面がクローズアップされがちだが、2人が成長し、家族との絆を確認し、かけがえのない存在に出会う、本質的な人間愛の形を描いた作品なのだと思う。

自転車、軽トラ、電車と、移動の描写が印象的な作中でとりわけ心に残るのは、光臣が自転車で農園に通う様子の変化だ(井上竜太監督自身もお勧めのシーンとして挙げている)。
光臣は人手不足の熊井農園を仕方なく手伝うことになるのだが、ビニールハウスに向かって坂道を自転車で行く足取りは重く、おぼつかない。
そこからは光臣が自分の意思で農園の仕事をしているのではないこと、都会のモヤシっ子が田舎暮らしに馴染んでいないことが読み取れる。

農園で嫌々ながらも作業に励むうち、最初は慣れない手付きだったイチゴやミカンの収穫を大和に褒められ、光臣は少しづつ自信を取り戻し、自分が受け入れられていることを感じる。
ウザいと思っていた大和は、気付けば光臣にとって側にいるだけで心が温かくなる存在であり、そのまっすぐな性格に眩しさを感じるようになっていた。
この頃には光臣のペダルは軽く、立ち漕ぎまでする姿が見られる。それは自発的に農園に向かっているということであり、大和に会うことを心待ちにしている表れなのではないか。

光臣はここから、一つの壁を無意識に越える。
不慮の事故で怪我をした(と言っても足にヒビが入った程度なのだが)熊井のじいちゃんの入院手続きを終え、じいちゃんが無事だったことへの安堵で膝から崩れ落ちる大和。
大和の頭に、光臣は自然に手を載せる。包み込むような、優しい光臣の表情からこぼれ落ちるのは、友情を超えた愛しさのようにも見えて。

じいちゃんの見舞いに行ったある日、光臣は大和の陰口を言う老人たちの噂話を耳にしてしまう。自分のこと以上に憤ってしまった光臣は、大和に逆になだめられる始末。
自分だけが空回りしたことを情けなく思う光臣だが、大和は自分のために怒ってくれたことが嬉しいのだと言う。
酔いつぶれて、そのまま寝てしまう2人。先に目を覚ました光臣は、寝ている大和に引き寄せられるようにキスをする(ライティングと、そっと近づいていくキスの動作は息をするのも忘れる美しさ)。自分の無自覚のうちの行動に驚いた光臣は、その感情の意味を知る。

大和を意識し始めて落ち着かない光臣。そんな光臣に、大和の高校の同級生・上田(佐野岳)は、大和には壁がある、と言う。なのに付き合っている彼女はいるらしい、と。
大和の彼女だと思われていた女性は、実は両親のいない大和と同じ施設で長年一緒に育った姉のような存在である涼子(村川絵梨)だった。
涼子は大和の壁の正体をこう語る。
大和はいつも笑ってるけど、わざとそうしている。笑っていたら「大丈夫?」って聞かれないから。笑っていたら、心に触れられなくて済む。
早く大和にも、壁を壊してくれる人ができたらいいのに…。

この作品と、この2人がとてもいいなぁと思うのは、急ぎ足で恋愛を進めないところだ。
この後、ぎっくり腰の父親に代わって、修理を終えた箪笥を届けに行く2人。祖父が作り、父親が修理し…と、その箪笥が長年大切にされてきたことを知った光臣は、改めて仕事を継ぎたいという思いを強くする。
帰り道の途中、缶コーヒーを片手に休憩する2人。
光臣がその思いを大和に打ち明けようとする時、大和に対して恋愛対象ではなく自分の一番の理解者というスタンスでいる。光臣がすべてを語らなくても気持ちを汲み取り、励ます大和もまた同じ。
本当は大和だってキスされたことに気付いていて、そのことが気になってたまらないのだが、このシーンにおいては恋愛感情よりも人間としての信頼関係が優先されている。それゆえこの作品はBLとして単純にくくれないと思うのだ。

大和に背中を押されて、父親に素直な気持ちをぶつけた光臣は、ついに弟子入りを許される(この父子のシーンの2人の演技が素晴らしい)。
その報告を受けた大和は、東京を訪ね、今まで避けてきた自分のルーツを知ろうとする。
その旅に誘うのは光臣。光臣となら行ける気がする、と。

思えばこれまで、光臣は自転車で移動する以外は大和が運転する軽トラに乗っていることがほとんどだった。最初に駅から実家に送られるのも、熊井のじいちゃんの家に連れて行かれるのも、大和が時に少々強引に光臣を振り回していたわけで、光臣は大和に動かされていた面が強い。
光臣にとってのターニングポイント、箪笥を運ぶシーンでも車を運転しているのは大和だ(途中道に迷うのは、2人の関係の比喩か、光臣が将来に悩む比喩か)。
それがここに来て立場が逆転しており、大和は光臣を道連れにしているというより、頼っているように見える。

謄本の請求に時間がかかり、ホテルのダブルベッド(!)で一晩過ごすことになる2人。
やはり場所が変わると、物語は前へ進む。
キスの意味を確認した大和は、光臣を拒むことなく、後ろから抱きしめて「もう少し待って」と言う。
その体勢のまま、幸せそうに眠りにつく2人。

結局大和の両親のことは謄本には記載されていなかったが、当時を知る人の話で、「大和」という名前は親がつけたものだということがわかる。
親に愛されていたことを知り、そして今、自分を愛してくれている光臣が隣にいる。
そして光臣は宝物の名前でも言うように、大事に自分の名前を呼ぶのだ。
「大和」と。

最後に川沿いで大和から光臣にするキスは、見ていてあたたかな、幸福な気持ちになる。
やはりなぜかBL感はなくて、それはたぶん、2人の間にあるのが欲望ではなく、愛しさだけだからなのだろうな、と思う。
気持ちが美しいから、フィルムに映るキスもただただ、美しいのだと。

エンドロールの後、2人は出会ったのと同じ駅に再び降り立つ。
トンネルを抜けて帰ってきた2人に、また新しいストーリーが始まる。

余談。並んでじゃれ合いながら歩く2人がいつ手をつなぐのか、つながないままなのか、ドキドキしちゃってたのは私だけでしょうか、、

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