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another RISKY~「RISKY(リスキー)」もう一つの結末予想(3・完)

「亨、私を殺して。私が死んだはずだったあの日に戻して」

それから長い沈黙の後、シャツを温かく濡らす感触がある。彼女が落とした涙だ。
俺は彼女の小さい頭にもう一度手を伸ばして、自分に引き寄せた。
彼女は意外なほど抵抗なく、あっさりと俺の胸に身体を預ける。
懐かしい重みを受け止めながら、生きていてよかった、と思う。
君も、俺も。

「だめだよ。生きてよ」

彼女は堰を切ったように、子供みたいに声を上げて泣き出す。
そんな彼女の姿を、見たことはなかった。

君は遠くから、転落していく俺を見て笑っていたんだろう?自分の手は汚さずに。
それなら結末を見届けて、知らん顔して幸せになればよかったのに。
それができない君は、自分で思うほど強くなんかないんだ。

彼女に恋をしていた頃、いつも強がる彼女の弱さが見たかった。彼女に頼られたかった。
でもその俺にしたって彼女を支えられるほど強くなんかなくて、ただ必死に、みっともなく世間体にしがみついていたのだと、今ならわかる。
君が言うように、俺はずるい。本当は自分を守りたかっただけだ。

シャツは涙でますますぬるく湿っていく。
彼女から溢れ出すのは、あの頃見たいと願った彼女の弱さともまた違う、もっと黒く淀んで濁った感情。
でもそれはかえって生きている、ということを感じさせるようでもあって、初めて生身の彼女に触れたような気持ちになる。

おかしいかな。君がここにいて、俺はやっぱり嬉しいと思うんだ。
分け合っても罪は半分にはならない。でも、同じ闇を抱える君の側にいたい。
この感情にどんな名前を付ければいいのか、今はまだわからないけれど。

だから生きて、君の長い話を全部聞かせて。ゆっくりでいいから。
そしていつか、ひなたに会いに行こう。

今日はこのまま、彼女が泣き疲れて眠るまで、その髪を撫で続ける。
朝になればこの部屋に光が差し込んで、俺たちの闇をほんの少し照らしてしてくれるはずだから。

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