息子、改めて日本文化に触れる
今回の一時帰国は、息子だけ連れてきている。
娘は、元旦那の妹さんたちと南米のコロンビアに学校の壁のペンキ塗りをするというボランティアに参加しているからだ。
夏でも涼しく快適なカナダを立ち、爆裂熱波の九州の実家にまる二日かけて辿り着いたが、もう出迎えてくれる叔母はいない。
今年の春にホームに入ってしまったから。
小さい頃から出入りしていた家は、いつでも叔母とセットになっていたので、叔母のいない家は、なんともがらんとしていて間が抜けていた。
それでも、いつも使わせてもらっている客間に陣取り、車椅子の息子も楽に生活できるようにと、板の間の部分にテーブルと椅子を設置したりして、着いて早々なんだかんだと動き回っていた。
元々バリアフリーに作ってあった家なので、どの部屋にも段差なく移動できるようになっている。
息子は、私がバタバタしている間、いつの間にか、板の間から隣の畳の部屋に移動していた。
「せっかく板の間にいろいろ準備したんだから、こっちにいれば?」
しかし息子は移動せずに、「ここの方がおもしろいから、こっちにいる」と言う。
......おもしろい?
準備の手を止めて、息子の様子を見てみると、物珍しそうに、天井や障子を眺めていた。
息子がカナダに移住したのは、彼が3歳の時。
日本にいた頃の記憶はほとんどないらしい。
それから数回、一時帰国はしているのだが、コロナ騒動のせいで、前回の日本滞在は5年も前になってしまった。
だから物心ついて日本家屋に滞在するのが、よくよく考えてみたらはじめてなのだ。
私にとっては見慣れた風景だけど、人生のほとんどをカナダで過ごしている息子にとっては、まるで違う世界のように見えているらしい。
そうか、そうか、それは気づかなかった。
もっとちゃんと部屋を見せてあげようと、天井からぶら下がってる電灯の紐を引っ張って、部屋を明るくしてあげると、息子は途端にハッとした表情になった。
「ああ、そういうことか。なるほどね!」
息子、このぶら下がってる紐の役割について、長々と考えていたらしい。
ちなみにこの客間は、他の部屋よりずっと、いわゆる伝統的な作りになっていて、小さいけど床の間もあるし、掛け軸もかけられている。板の間と畳の間は、障子で仕切られていて、出入り口は、すりガラスの格子戸だ。
そりゃ、息子も長々とみて回るってわけだ。
息子曰く、「この家は新しいものと、古いものが混在している」と言う。
初めて息子がトイレを使った時、速攻、呼び出された。
うちのウォシュレットは、座った瞬間にブイーンと便器の中から音がして、その後、シャーっと水が流れる。
それに息子はびっくりしたらしい。
「ああ、それは、人感センサーで勝手に前洗浄してくれてんのよ」と、説明しながら私は、はたと思いついた。
息子はまだ「ウォシュレットでおしりを洗う」を知らない、ということを。
そこで、私は、日本語表記のボタンの洗浄とストップのボタンを教えた。
「うんちした後は、このボタンを押すこと。ストップさせるには、ここのボタンね」
何か、わかったような、わからないような顔の息子を置き去りにして、トイレを出た。しばらくすると、思った通り、息子の雄叫びが聞こえてきた。
うわああああ。
ウヒヒ。
日本のトイレの底力を見たか。
結局また呼び出されて、息子は半分怒りのご様子だったけど、言いたかったことは、「どうも位置が合ってない」ということだった。
そこで、「そこは自分でお尻の位置を微調整するのよ」と教えると、手をひらひらさせて、「もう下がって良い」と、どこぞの殿のように申し伝えられたので、私は引き下がった。
そして、やっぱり気に入ってるみたい、ウォシュレット(笑)。
ようやくトイレが落ち着いたかと思ったら、風呂場でもまた一悶着。
手術の名残で、手術前と比べて、まだいまいち体がうまく動かない息子。
だから、とりあえずシャワーで過ごすことにして、事前に段取りを決めるために、息子を浴室に連れて行った。
「なんで、ここはこんなに濡れてるんだ?」
と、洗い場の床を指差して、またもや私につっかかってくる。
「さっき、私がシャワー浴びたからよ」
ってか、ちょっと外出るたびに汗が噴き出すから、しょっちゅうシャワー浴びてるのだよ、こっちは。
それでも、息子はなんだか納得していない様子だった。
でもこれ、あとで気がついたんだけど、カナダのお風呂は、たいていバスタブ側の壁にシャワーが取り付けられてて、バスタブ内でシャワー浴びるか、まったく別のシャワー用のブースがある。
だから、バスタブの横のエリアってのは、服を脱ぐところか、トイレが併設されるところで、つまり床はいつも乾いている。
だから、「なんで、お前はこんなに床を濡らしてるんだ!」って怒ってたらしい。
ここら辺でようやく、息子って、ほぼほぼカナダ人なのね、と気がついた。
娘と違って異常に和食が好きだし、いうても、短いとはいえ、この国で生まれ育ったわけだから、今回の滞在まったく問題なし、と思ってしまっていたけど、そうでもないらしい。
そんな息子の好物は、納豆と豚汁と高野豆腐の煮物。
下手な純日本人の若者より、渋い和食を愛する男。
ぜんぜんカナダ人っぽくないんだよな、これが。
〜終わり