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結果、「終活」の手伝いをしたわけだ

「す、すごく、オープンなんですね......」

妹オババのホームの部屋で、オババたちが以前作成したという『尊厳死』についての書類を探していた時だった。手を止めて声がした方を見ると、ケアマネージャーさんが、目をぱちくりして私たちを見つめていた。

「あ、そうなんです。うちはもうフルオープンで。その時が来たとき、なるべく本人の思った通りの感じにしてあげたいし、その場じゃ、絶対パニくっちゃうと思うから......。あ、あった! この封筒じゃない? 尊厳死って表に書いてるわ」

中身を出して、結構な厚みのある書類を妹オババに手渡す。

「ああ、これこれ。よかった、ちゃんとあったのね」

その厚みのある書類を見て、「あら、ほんと、きっちりしたのを作ってらっしゃったんですね」とまた感心した口調でケアマネさんが言うものだから、なんか妹オババは、少し誇らしげな表情になって微笑んだ。

結局、ケアマネさんの、「これだけちゃんとしたものがあるのなら、ホームとも共有しておいておいた方がいい」とのアドバイスを受けて、後日、私が代表でホームと、看護師さんとで情報の共有をすることになった。

先日の大昔の保険証書ではないけれど、せっかく作成してても、その存在を誰も知らなかったら意味がない。思うに、たぶん、70代になった頃に、姉オババと妹オババできちんと作成していたらしい。ただ、妹オババでさえ、それから十年以上たっているのだから、その存在を覚えていただけでも上出来と言ってあげよう。

私はといえば、今回の妹オババのホーム行きがなかったら、それほど真剣に彼女たちの「終活」については考えた事はなかった。

「延命だけはごめんだからね。で、お葬式はもう簡単に済ませて。お位牌の世話は神社にもう頼んであるから」

それくらいのことは聞いていたけど、オババ手作りのご飯を頬張りながら、「はいはい、わかってるって」ってな感じのゆるい会話しかしてこなかったし、それで十分だと思っていた。

がしかし、姉妹揃ってホームに入り、本人たちも家の片付けどころか、書類の整理もおぼつかなくなっている様子を目の当たりにして、内心「これはまずい」と思ったのが、前回の帰国の時。

そうは言っても、カナダに住んでいるので、私が日本に一時帰国している間に、弾丸で事を進めなければならない。家の片付けと、毎日のように発見される重要かもしれない書類の整理がひと段落ついた頃、まだ記憶の途切れもなく意思疎通がはっきりできる妹オババに「終活」の話を切り出した。

「そういえばさ、前に、棺桶に入れて欲しい着物があるって言ってたじゃない? あれって、どういうやつ? 着物の整理に入るから、それだけはちゃんとわかるようにしておきたいんだけど」

これが終活サポートの始まりのセリフだった。

妹オババはしばらく考えた後、
「うちのババちゃん(オババのお母さん)が作ってくれた、黒っぽい? 茶色っぽい?絣の着物なんだけど」

なるほど、わからん。
着物の知識がゼロなのよ。

それから、物置部屋と化していた洋間の和ダンスから、片付けて空っぽになっていたリビングのタンスに着物を移動させ、妹オババが帰宅した折りに、一枚一枚取り出して、確かめてもらった。

久しぶりに目にした着物に、妹オババは「ああ、これは、ババちゃんがよく着てたやつだわ」と、いちいち感慨深げに眺めていた。

ようやく、目的の絣が見つかって、一番上の引き出しにしまい、ようやく肩の荷が降りた。

ババちゃんは、とっても手先が器用で、着物を縫う仕事をしていて、その出来の良さに遠くからお願いしに来る人もいたそうだ。

しかし残念ながら、私には一ミリもその才能は受け継がれなかった。

ホームの部屋にはオババが買ってそのままになっている服が、「丈が長すぎて」放置されているものが沢山あることを知った。私と違って、二人とも、洋服を手縫いしていた時代もあったし、成人した私に浴衣を縫ってくれたりもした。それなのに、もう、目も良くないし、いろいろ億劫でそのままになってしまっているらしい。

こんなにもいろんなことが出来なくなるんだな......。

そこで、悲しいかな、手足が短くて、ほとんどのズボン(あえて、ここはパンツ、ではなくズボンでいく)を裾上げしなければならない人生を送る私は、裾上げだけはできるのだ。お店に頼んでもいいのだけど、お金払ってお願いして、また後日取りに行くのが面倒で、結局、ずっと裾上げだけはやってきた。

ここへ来て、この特技が生かされる日が来るとは......。

そこで、山積みになっているズボンの中から、裾上げのいるものを持ち帰り、決してきれいではないけど、オババのお好みの丈に直してあげた。

そして、その数日後、そのズボンを履いてる妹オババを見て、なんだか、じーんときた。

っていうか、私ももう老人の域に片足突っ込んでいるようなもんから、今回の経験を忘れないうちに、自分の終活も開始せねば、と思っている今日この頃なのだ。

〜終わり