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女の子は恋をしたら可愛くなるという、うそ

昔から、自分が大嫌いだった。

小学校も中学校も高校もクラスの中では下位カースト、ヘアアレンジやメイクをしても気づかれない、重い一重に低い鼻に腫れぼったい唇、色白なことだけが幸いだが、BMIは基準よりもオーバー、白豚と呼ばれたことがある。制服にスカートから伸びる足は短足でシャツから伸びる首は太く、何を着てもダサくなる。そんな自分の容姿が大嫌いだった。

それでも、一人前に恋はする。

クラスメイトで決して目立つ存在ではないが、下位カーストの私にも優しくしてくれる彼は、誰にでも分け隔てなく平等に温かかった。一度彼と同じ委員会に所属していたが、失礼ながらそんなに目立った才能も能力も容姿もないのに、いつの間にか彼の周りの人間は癒やされていた。上位カーストの人たちにも気に入られていた。そういう性格で、そういう世界を持つ彼に、私が惚れるのに時間はかからなかった。きちんと着られた制服はスラックスにも折り目がしっかりつけられ、革靴はいつも磨かれ、上着に付けられた金色のボタンは輝いていた。多分、家は裕福なんだろうな、と思っていた。

物心ついたときから私の家は母子家庭で、母は私の大学進学の学費を稼ぐために朝から晩まで働いていた。たまの休みは母は眠り姫のようになっていることが多く、私は母の期待を裏切らないような大学に行くため、いつも勉強をしていた。家計を助けるために、進学校である高校の担任に無理を承知でお願いし、許可を得たアルバイトは近所の小学生の家庭教師だった。月々の給料は高くはなかったが、8割を母親に渡し、特に遊ぶ友達もいない私は、ひたすら勉強をしていた。おかげで成績は上位クラスに所属しており、志望校は指定校推薦を狙っていた。

「ねえ、ちょっと先の話なんだけど」

私の席の前にいる彼は、振り返って私に話しかけてきた。話せると思うだけで心臓の音が急激に大きくなり、顔が紅潮してはいないかと肝を冷やす。彼が語ったのは3ヶ月後にある自分の弟の学芸会で、保護者として参加したいのだが、あいにく自分の両親は仕事が忙しく来れないとのこと、実は私が家庭教師を担当している子どもが彼の弟と同級生で、どうやら私のことを良くも悪くも吹聴しているようだった。私からしてみれば微妙な話だったが、彼が誘ってくれたのには変わりはない。私はすぐに引き受けた。

それからというもの、たかだか彼の弟の学芸会だというのに、私は張り切ってダイエットに励み始めた。食事の量を減らし、運動の量を増やした。筋トレと有酸素運動を行い、タンパク質を中心に食べる。彼の弟に無様な姿は見せられないし、家庭教師をしている子どもの晴れ舞台でもある。少しでも綺麗になりたかった。自分の容姿が嫌いで仕方なかったが、いくぶんかマシになるように努力をした。上位カーストのようなキラキラとなるわけではないことくらい知っていたけど、悪あがきなのかもしれない。

学芸会が2日後に迫った日、私はいつものように家庭教師をしている子の家に向かった。勉強机の隣に座ると、その子が私に対して「先生、明後日学芸会に来るんでしょ」と笑った。私は頷くと、その子は悪戯に笑みを浮かべて「先生、可愛くなったね」と私に言った。その子のお世辞なのか本心なのか見抜けなかった私は曖昧に笑い、誤魔化すように算数の教科書を開いた。私は可愛くなれるはずがない。それはもちろん努力はしたけれど、期待していたわけではない。

学芸会当日、普段は着ないお出かけ用の控えめな紺地に白い花柄のスカートに、オフホワイトのカットソー、ベージュのアウターを合わせ、気取らないように白のスニーカー。ブラウンの小さな人工皮革のリュックを背負った。耳元には母親からプレゼントしてもらった小さなイヤリングを着けた。可愛くなれるわけではないのに、何故か制服姿ではない自分を見られることを意識してしまう。私は待ち合わせ場所に10分前に到着したが、すでに彼はそこにいた。

「あれ、見間違えたかと思った」
「素敵だね、似合ってる」

彼はサラリと私に言った。ぶわっと顔が熱くなる。手でパタパタと顔を仰ぎながら、私はあたふたと言葉を紡いだ。そんなことないよ、としどろもどろに口籠もりながら、彼の目を見れば、彼は目を細めていつも通りの優しい顔をしていた。学芸会の開催された学校の体育館で、彼は他の保護者に次々と声をかけられており、その度に私は彼の彼女だと誤解された。私は慌てて否定したのだが、私の偏見によれば彼は満更でもない会釈をしていた。多分、そうだと思いたかった。

学芸会が終わり、彼の弟が彼と私の元に駆け寄ってきた。「あれ、兄ちゃん彼女連れてきたの?可愛いじゃん」と弟は言い、彼は弟の目線に合わせるようにしゃがみこんだ。何度も間違われ続けた今日、彼はまた言い直してくれるのだろう、そんなところも優しいのだな、と思っていると、彼は事もなさげに弟に呟いた。「いや、今はそうじゃないけど」なんて言葉を濁し、彼は私の方を振り向いた。突然に話を振られ「え、あ、うん」と私はそれとなしに答えたが、彼が弟と話をしている間、私の頭の中は糸が絡まったように思考回路がショートして動かなくなっていた。

「今は」の続きは、いつか来てくれる?

女の子は恋をしたら可愛くなるという、うそ

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