六道慧の花暦 昭和の風景(3)
昭和30年代から40年代にかけて。
私が住む下町には、大きな荷物を背負って魚の干物や海苔などを売りに来る行商の女性たちがいました。うちに来ていたのは、千葉県の九十九里浜の方でした。軽く30キロはありそうな荷物を背負い、月に2回ぐらいだったでしょうか。はるばる売りに来てくれました。
前述した魚の干物や海苔、佃煮、漬物、乾物類などなど、その家独自の味があったのだと思います。母は来るのをあてにして、待っていましたね。
下町イコール美味しい店がいっぱいありそう、みたいに思われるのですが、ないんですよ、案外ね。
普段は近所のスーパー『福助』でした。そう、足袋で有名だったお店です。今はもう店じまいしてしまいましたが、当時はそこしかなくて仕方なくという感じでした。
(すみません、福助さん。さんざんお世話になっておきながら)。
あとは錦糸町まで出るしかないわけですが、日々の買い物にはちょっと遠くて、やはり、行商の女性が来るのが楽しみだったんですね。
夏になると逆に、わたしたちが九十九里浜に行きました。民宿を営業していたので、海水浴と言えば九十九里浜でした。けっこう波が荒くて、水が冷たくて……それでも家族で行けば楽しかったなあ。
今は後を継いだ息子さんでしょうか。車で売りに来るようです。それにしてもと、しみじみ思います。あんな重い荷物を背負って、総武線に乗り、駅から歩いて来てくれたとは……昭和の女性は逞しかった。
#昭和の仕事 #生きる力 #負けない気持ち #思い出 #逞しさ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?