わたしはあのとき、お前が死んだと思ったんだよ
結婚おめでとう。
高校時代からの友人が結婚する。
わたしは14年前、崖から落ちていく君を見ていた。
自転車ごと、落ちていった。
「ああ、死んだなコレ」
落ちていく君は、スローモーションだった。
伊豆の山道。
ブレーキに手もかけずに、急斜面をママチャリでくだったわたしたちは、あまりにも無謀だった。
マジでなにも怖くなかった。
今振り返っても、ほんとのほんとに、なんにも怖くなかった、あのころのわたしたちは。
危機管理とか、そんな概念はない。
あのときの、自転車の車輪の、シャーという音を、昨日のことのように思い出す。
あんなに早いシャーは、あれが最初で最後だ。
道に埋まっている境界域に、もう一人の友人がつまづき、盛大にころんだ。
自転車をとめて、友人の元にかけよる。
負傷した足を抱いて、半泣きになっていた。
そのときだった。
君は、いつもどおりにこにこしながら、ブレーキもかけずにこちらにむかって、シャーーーーーーーと駆け下りてきた。
ハンドル操作を誤った。
目の前の崖を落ちていった。笑ったまま。
ああ、死んだなコレ。
そう思った。
無謀な旅をしたツケが回った。
高校一年生が、自転車で伊豆を旅するなんて、無謀すぎた。大人がいない。足を抱えて半ベソの子が一人、崖から落ちて死んだ子が一人。
わたしには何もできない。
君はあのころ、ホントにモテていた。
クラスの女子はみんな君を好きだった。
わたしは、ひょんなことから一緒にバンドを組んだが、正直、人気者の君と仲良くできるのか、不安だった。
そんな君を死なせてしまった。
わたしは、どうこれからの人生償うんだろうか。
絶句したまま、固まっていた。
すると、自転車をひきながら、君はのぼってきた。
目を疑った。だって、マジで死んだと思ったんだから。
「大丈夫なの?!」
「うん、大丈夫! 受け身取ったから」
そう。わたしの通っていた高校は、男子は柔道が必修だった。
なるほどね。日頃やってるだけあるね。受け身取ればね、崖から自転車ごと落ちても、無傷だよね。
って、んなわけあるかーい!
あのとき死んだと思ったよ。
あのときのことを思い出すと、涙が出るほど笑ってしまう。
あれから10年以上経って、君とは高校時代ほど会わなくなった。
もうすっかり大人になってしまって、あらゆることの取り返しがつかず、なんでこんなことになってしまったんだと、悲観する日がある。
そんなとき、わたしはニコニコしながら自転車をひいて崖をのぼってきた君を思い出す。
「うん、大丈夫! 受け身取ったから」
結婚おめでとう。
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