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「あなたの長所を教えてください」ミリオンライブ/TIntMe!

 こんにちは。挨拶もそこそこに本題に入る。
2020年9月18日より開催のプラチナスターツアー『Arrive You~それが運命でも~』のイベントコミュを君は読んだだろうか?読んでいないなら今すぐ読もう。走ってない?じゃあマニー捻り出して思い出ピース買って開けてくれ。
 MTWシリーズは個人的にとても好みの曲調が多く、担当のこのシリーズが来たら間違いなく素晴らしいものになるだろうとは思っていたが、正直予想以上だった。曲もイベントコミュもあらゆる要素が彼女たちらしさ今までにない新鮮さを両立させ、新たなユニット『TIntMe!』を誕生させる。まさに育、桃子、環の為のイベントだった。
 小学生ユニットという可愛らしさ溢れるユニットと、葛藤、嫉妬、現実と理想といった苦々しいキーワードの掛け合わせは、しかし今の三人にしか出せない感情の発露を引き出し、人々の心を打つ。かつての自分を彼女たちに重ね合わせながら、我々は彼女たちに──そして過去の自分に掛ける言葉を探すだろう。その青さが、今の自分には眩くもいじらしく見える。そういう懐古に浸る内容だった。

以下、イベントコミュのあらすじ。勿論ネタバレになる為、一度自身の目で彼女たちの物語を見届けることを推奨する。

高木社長からプチプラコスメの新規ブランドの立ち上げに起用するアイドルの選出という大役を受けたプロデューサーは、試供品のコスメを囲み話に花を咲かせる大神環、中谷育、周防桃子に可能性を見出し、環をリーダーにこの企画を任せることを決める。
 そうしてブランドでの化粧体験、宣伝用の撮影をこなすうち、今までにない可能性を見せたのは環であった。スラリと伸びた手足、パッチリとした顔立ちは、まさに今回の仕事にうってつけだという。そんな環を見てライバル心を覗かせる二人だったが、仕事を進めていくうちに育の表情は浮かないものになっていく。
 そんな育の些細な変化に気づくものの彼女の内心まで悟ることができなかった環は、悩み抜いた挙句自分がすべき事は何かとプロデューサーに相談を持ちかける。同様に育を想う桃子から事の顛末を聞いた静香とジュリアは、「それはきっとライバル意識だ」と答える。育は自分にないものを武器に仕事をこなす環に、いつの間にか嫉妬していたのではないか、と。
 ジュリアの「遠慮せずぶつかり合ってみるべきだ」というアドバイスを受け、これから育とどう向き合うか考えようとした矢先、プロデューサーの元へ育の母親から電話が入る。仕事が終わって既に十分な時間が経過したにも関わらず、育が家に戻っていないというのだ。急いで彼女を探しに出るPたち。桃子が鳴らしたスマホは、いつまでも空虚なコール音が鳴り響くばかりだった。
 そうして決死の捜索を続け、ついに公園で物思いに耽る育を見つけ出した三人。駆け寄るPたちに驚いた様子の育は、周囲に心配をかけてしまったことを悔やむ。そんな育に「育らしくない」と声をかけた桃子は、育にこう問われる。
「……ねえ、桃子ちゃん。わたしらしいって、どういうことだと思う?」
 予想外の返答に言葉に詰まる桃子に、育は堰を切ったように感情を吐き出す。天性のスタイルを持つ環や経験豊富な桃子のようにはなれない、育は『大人っぽく』なれないのだと。それを悩んで悩んで、悩み続けて、その結果おかあさんやPに心配をかけてしまう『小さい子みたいな』わたしの気持ちなんて、二人には理解できないのだ、と。
 育の言葉に衝撃を受け顔を伏せる桃子を庇うように育を制した環は、しかし彼女の言葉を「本音」と理解し嬉しそうにはにかむ。ずっと分からなかった彼女の葛藤の一端が見えたのが、環には嬉しかった。
 環の言葉をキッカケに互いの気持ちを、互いの言葉で伝え合う三人。まだまだつたない言葉ではあるが、彼女たちは真摯にそれらを受け止め、どうしようもない気持ちを整理していく。結局子供っぽいところを見せてしまったと自分を恥じる育に、プロデューサーは育の「本音を伝える」という勇気ある行動が環をリーダーにさせたのだと、育のがんばりを認めるのだった。
 かくしてレコーディング当日を迎えたTIntMe!は、今までにないリクエストに苦戦する様子を見せるも、育の的確なアドバイスによってその困難を乗り越える。そんな育を見た桃子は、「子供っぽいことで悩んでいたなんて信じられない」と呆れ調子に笑ってみせ、環もまた素直に育の客観的な評価を受け止め、喜んでみせる。
 今回の仕事を総括し環のことを褒める桃子に、それを見てなんだか納得いかない気持ちを抱く環と育。二人の視線に身動ぎし逃げ出す桃子を追いかけた環と育に、くすぐりの刑にかけられる桃子。彼女たちの微笑ましい光景に、プロデューサーはため息混じりにこの企画の成功を確信するのだった。

 このシナリオを読んだ時の衝撃といったら。それはとても当たり前のことで、誰しもが一度は通る道で、険しいけれど避けては通れない、自我同一性の確立──すなわちアイデンティティを持つということ。あなたとわたしは違うということを理解した人間は、次に“わたし”が何者であるかという問いに答えを出すため、コミュニティに属し、あるいは技術を会得し、一個体としての完成を目指す。そして、そうした期間をモラトリアムと言う。

 育はその段階に足を踏み入れたのだという事実が提示され、自分はいたくそれに衝撃を受けたのだと思う。何故ならそれは彼女にとって、とても辛く険しい道のりの始まりだからだ。
 先日実装された彼女のソロ曲『ときどきシーソー』は、まさに彼女の長所を投影した歌詞となっている。『できる事はできる。けれどできない事もまだ沢山ある。もしつまづいて、へたり込んでしまったとしても、きっと立ち上がるから、だから心配しないで。本当に困ってしまって、前に進めなくなってしまった時は、ちゃんとあなたを頼るから。もう“ひとりよがり”は卒業したから。ちゃんと“大人”になったわたしを見ていてね!』……そういう歌だ。
 そう。彼女は強いのだ。自身の両の足で地面を蹴り上げ、思い切りシーソーを漕げるくらい、彼女の姿は力強い。そうさせるだけのパワーが育の中には存在している。そしてそのパワーの源こそが、大人への憧れなのだ。
 大好きなおかあさんから始まり、仕事に出かけるおとうさん、自分を支えるプロデューサーや事務員たち、アドバイスをくれたり、共にレッスンを重ねる劇場の仲間。育はそれら全ての人間に憧れ、心から尊敬しているからこそ、自己を定義する段階に入ることで人一倍己の未熟さを嫌悪してしまうのだ。

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 メインコミュ第64話を経た育は、自分にできないことを「できる」と言って周囲を惑わせたり、困らせることをしない。しないからこそ、自分の弱さを認められるようになったからこそ、彼女は人と比べて何もできない自分を真正面から捉えてしまえる。実際優れているものがあったとしても、彼女はまだそれに気づけない。何故なら、育は今それを探し出そうと懸命に足掻いている段階にあるからだ。そしてそれに気づくために、彼女は『大人』になろうとする。それが私達人間の誰しもが経験する、成長というものなんだろう。

 結局、隣の芝生は青い、という奴なのかもしれない。自分より頭がいい、足が早い、友達が多い、ずば抜けた特技がある……そういう他人の特徴ばかり目に付いて、自分のことは疎かになる。
 そんな時その歪んだ認知を正し、ありのままの自分を見つめるためには、他者の協力が不可欠だ。それがジュリアの言う「本音のぶつかり合い」で、今の育に必要なものなんだろう。

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 結局、人はそう簡単には分かり合えない。生まれ育った環境、言葉、思想、それらによって育まれた価値観はすぐ様理解の及ぶものではない。同じ環境に育った兄弟でさえ差が生じるほど千差万別なのだ。他人なら尚のことそうだろう。
 だからといって分かり合えないから、知られたくないからと自分の気持ちをひた隠しにしても、アイデンティティを模索している最中の彼女たちは、不透明な未来にかざした手のひらだって見失ってしまうだろう。何も相互理解だけがゴールではない。本当に必要なのは自分を認めてあげることであり、そして育には自分を認めてくれる人が大勢いる。

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 この話の主人公は、恐らく育だ。しかし環も、桃子も、脇役ではない。彼女たちは等しくこの世界の──トップアイドルを目指す少女たちが集う芸能界の主人公だ。なら、成長するに決まってるじゃないか。息も忘れるほどの光を放ち、熱いくらいのライトを一心に浴びて、その場にある何もかもを照らすほどの“主役”になる。それが彼女たちだ。そんな当たり前のことを改めて突きつけられる。彼女たちが持つエネルギーを思い切りぶつけられたような気がして、私は少し泣きそうになった。

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 まあなんていうか、こんなことを言うと育に怒られそうな気もするが、彼女たちはまだ子供だ。言葉遊びと言われても仕方ないが、だからこそ彼女たちは大人になれるのだと思う。
 だからもし育が、環が、桃子が、大人になってから表題のような質問を投げかけられたら、ニッコリ笑って、こう言ってほしいのだ。

「自分のことを大好きだって言ってくれる人が、こんなにも沢山いることです。」

 その言葉はきっと、彼女たちを好きでいる人を、彼女たちを大切に思う人を、そして何より彼女たち自身を救う、ひとつのアイデンティティとなる筈だから。


〈おわり〉

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