『声変わりしない』

もう少しで半年経つのに、声変わりしないので、毎日少しずつ傷ついていて、そのことに気がついて、泣く。

何より、声を出すことで、あれ?という顔をされたりするなど、相手の反応が、胸の存在と声が大きな理由で左右されている、とよく分かるから。

もはや、デッドネームで呼ばれるのと、プロナウンを間違えられるのが、何よりキツイ出来事になっているので、それを誘引するものを潰していきたい、という気持ち。

私は常に一生懸命生きていて、後悔をしたことは、高校の時に奨学金を取ってもアメリカ留学させてもらえなかったことくらいで、自分に起因することはなかった。でも早くトランジションしてホルモン投与開始ししなかったことを、ものすごく後悔している今日この頃。それ自体を気に留めないようにしていたけれど。

後悔の理由は、年齢がいきすぎて、声変わりしないもようだから。もはや女性化が第二次性徴的に不可能なトランス女性と同じ。あとせめて10年早ければ、と思って泣いている。引っ越すはずの街でコミュニティの探求も家探しもせず、ボーッとして、何とか自分で現実を受け止めようとしている。とても悲しい。

というか、本当は発狂して叫んだ方が楽そうなくらい辛い。

声を出しても、ため息ついても、囁いても、くしゃみしても、大きく息をしても。

違和感、あるいは身体違和というのは、そうやって培われるので、他者との相互行為がなければ、そもそも、まずは認識し得ない。

って、論文にも博論にも『性同一性障害のエスノグラフィ』にも書いたけどさ。


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