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M-1992 30mm自走対空砲

朝鮮人民軍陸軍が運用する国産の自走対空砲で、M-1992のコードネームで知られています (M-1989と言われその改良型がM-1992だが、ネット上ではM-1992が一般的なため呼称はこちらに統一)。

開発は1980年代に開始され、これは1979年の全国軍需部門熱誠者大会にて金日成が砲兵の自走自動化に力を入れるという「112号課題」(第2自然科学院*1 傘下の機械化部隊装備を研究する112研究所に由来) を唱えたことに関係しているという見方があるようです。真偽や関連性はともかく、1983年10月には米国のCIAで北朝鮮の新型防空システムの試作車に関する報告がされました。この車両は南浦レーダー組立工場*2 で最初に観測され、平安南道平原郡の和津里 (ファジルリ) にある対空砲訓練施設でテストしているところが目撃されたようです。また平壌から北西へ約70km離れた雲舞島 (ウンムド) に持ち込まれ、和津里より360度視界を確保しやすい場所でもテストが実行されました。報告書では試験が完了後に実戦配備する可能性があると締めくくっています。その2ヶ月後には、亀城 (クソン) 市にある亀城戦車工場でシャシーが目撃され、新型防空システムはここで生産している可能性があると報告されています。ただしこの時はT-62 (北朝鮮は天馬号として生産) のシャシーを用いると見られていました。

*1 第2経済委員会管轄のミサイル等の兵器の研究・開発組織。その後軍需工業部に移り現在の国防科学院へ改称。

*2 北朝鮮最大の通信機械工場とされている南浦通信機械工場のことと思われる。

試作車が持ち込まれてテストされた雲舞島。座標は39°24'52"N 125°07'11"E (Google Earth)
戦車などを生産する亀城戦車工場。座標は40°03'25"N 125°13'25"E (Google Earth)

車体

金日成広場を行進するM-1992 (KCTV)

外観はソ連のZSU-23-4 シルカに似ていますがコピーではありません。シャシーこそシルカのGM-575に酷似しているものの車体は若干長く、転輪もシルカより大型で片側6つずつ。砲塔はやや高く直線的な形状で、30mm連装機関砲とレーダーが備わります。シルカに近い構造と仮定すると恐らく乗員は4名。装甲は破片防護程度の軽装甲と思われます。

北朝鮮はシルカを1970年代初頭に少数入手。右がシルカ、左がM-1992 (KCTV)
報告書に描かれたM-1992のイラスト (CIA)

武装

射撃中 (KCTV)

M-1992の唯一の武装は30mm連装機関砲ですが、これは本来はソ連海軍の艦載用機関砲であるAK-230を転用したもので、砲身冷却管などの特徴が見てとれます。AK-230は様々なソ連海軍艦艇に採用され、当然AK-230搭載艦の多くが北朝鮮にも輸出されました。現在はガトリング砲身に換装した独自の改良型も開発されましたが、依然としてオリジナルも残っています。専用の30×210B弾を使用するAK-230は有効射程距離が対航空機目標の場合2.5~4kmほどであり、シルカと比較した場合発射速度は劣りますが、射程距離や弾丸の威力で上回ることが期待出来ます。なお、射撃時は砲身下の管から薬莢が排莢されます (上画像の砲身下に見える突き出た管)。AK-230の砲身やそれを動かすシステム、給弾や排莢の都合を考えると砲塔内に収まるよう何かしらの設計変更がされている可能性があります。

シェルシェン型魚雷艇の艦上にて、左のAK-230を右に見えるMR-104で管制する (KCTV)

シルカがRPK-2「トボル」の管制を受けるのと同じくM-1992は砲塔に捜索レーダーを装備していますが、やや形状に違いがありどちらかといえばAK-230の火器管制レーダー、MR-104「ドラム・ティルト」に近いようです。MR-104は北朝鮮が国産化したようで、ZPU-4の火器管制として利用したり、トラックに搭載して移動式に改造したり随所で活躍しています。試作車に関するCIAの報告書でも南浦レーダー組立工場でMR-104との互換性テストを受けたのではないかと推測されているため、これをベースに開発した国産レーダーなのでしょう。具体的な性能は不明ですが、参考までにRPK-2は最大探知距離は20kmで、MR-104は22.2kmです。このような自走対空砲は通常、指揮管制車やその他支援車両と共に行動するため、北朝鮮でもそのような部隊編成を行っているはずですが、高度なデータリンクと管制を行えるかは疑問です。ただ、可能性としてはソ連のSON-4「ルッチ」のような大口径対空砲用の火器管制レーダー等との組み合わせが考えられます。

牽引式のMR-104 (KCTV)
シルカとM-1992の比較

配備

1992年当時のM-1992 (KCTV)
最後の登場になった2012年4月の軍事パレードにて (わが民族同士)

1992年4月の軍事パレードで初公開されたM-1992はレーダー装備で全天候下での運用が可能な貴重な自走対空砲です。それまでの国産自走対空砲はいずれもオープントップの砲塔に人力操作・光学照準の旧式対空砲を載せた登場時点で既に時代遅れなものばかりだったため、M-1992の登場は人民軍にとっては画期的だったと思われます。しかし実際には生産や調達にかかる費用が高かったのか何かしらの欠陥があったのか、理由は不明ですがメディアへの登場は1992年と2012年の軍事パレード参加と訓練中の映像くらいしかありません。数が少ない可能性も考えられますが、いずれにせよ現在は一切姿が見られなくなっています。

正式名称について

2024年5月、金正恩総書記の国防科学院祝賀訪問の報道で、金正恩総書記の背後にある壁に僅かに見えたM-1992の古い写真と文章を確認しました。見にくいですが、恐らく北朝鮮での正式名称は「30mm双身自行自動高射砲」(30mm 쌍신자행자동고사포) であると思われます。「自行」は「自走」であるためすなわち「30mm双身自走自動高射砲」となります*3。

*3 韓国では「自走」は「자주」となるが北朝鮮では「自行」(자행) と言う。

左に注目 (KCTV)
拡大 (KCTV)

M-1994 (仮称)

M-1992から更に性能向上が計られた自走対空砲が別に存在するらしく、想定されるコードネームはM-1994。これは武装をAK-630風の国産30mmガトリング砲へ変更、更に4基のMANPADS (携行式防空ミサイルシステム) ランチャーを装備することでM-1992より火力が増強されています。また捜索レーダーと目標捕捉レーダーを1基ずつ装備。このM-1994は輸出のパンフレットに掲載されていたようですが、実際の輸出の有無や人民軍にも配備されているか否かについては不明です。とはいえ、M-1992から発展した強力な自走対空砲の存在は需要があるはずなので、(可能性は限りなく低そうですが) 今後どこかで姿が見られる日がくるかもしれません。


M-1992 (M-1989) 30mm自走対空砲 "30mm双身自走自動高射砲"

全長:6.5m (推定)
全幅:3.1m (推定)
高さ:3.6m(推定)
車重:20t (推定)
エンジン:ディーゼルエンジン (推定)
馬力:不明
最高速度:50km/h (推定)
航続距離:500km (推定)
武装:AK-230 30mm連装機関砲×1
発射速度:1000発/毎分
有効射程距離:2.5~4km (対航空機目標)
レーダー:独自型目標捕捉レーダー×1
装甲:均質圧延装甲
装甲厚:不明
乗員:4名

参考文献

・朝鮮民主主義人民共和国の陸海空軍 (著 ステイン・ミッツァー/ヨースト・オリマンス) 大日本絵画 

・NORTH KOREA: NEW WEAPONS FOR THE MECHANIZED FORCES

・M1989/M1992 Self-Propelled Anti-Aircraft Gun

https://tanks-encyclopedia.com/m1989-spaag/

・CONTINUED TESTING OF NEW ANTIAIRCRAFT SYSTEM UNMU-DO ISLAND, NORTH KOREA

・POSSIBLE PRODUCTION OF NEW AIR DEFENSE WEAPON SYSTEM KUSONG TANK PLANT PUG, NORTH KOREA

・30mm NN-30
https://weaponsystems.net/system/649-30mm%20NN-30 

・30mm AK-230
https://weaponsystems.net/system/648-30mm+AK-230

・[집중해부] 핵무기 개발하는 북한 제2자연과학원의 실체

・SON-4

https://www.radartutorial.eu/19.kartei/11.ancient6/karte006.en.html

・MR-104 Rys (Drum Tilt) Russian Naval Fire-Control Radar

https://odin.tradoc.army.mil/WEG/Asset/8634c2a3ff520566db6b8b261bc36ed5


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