横浜バー夜の人間模様 ファイルno.3

２０歳になる次男坊がふらりと店に遊びに来た。カンボジア人の前妻との子で離婚してからかれこれ15年、ちょくちょく会ってはいるが日に日に成長し大人になっていく姿は頼もしい。元妻とは20代前半にプノンペンで出会い一目惚れ、国際学生スピードデキ婚のウルトラCを果たした。周りは反対したけど一大決心でカンボジア移住、その後二人の男の子をもうけ仕事も順調、全てが順風満帆に見えたが結婚生活はいつしかお互いを傷つけあうことに終始するようになる。詳しくは割愛するが妻の強すぎる嫉妬が原因だった。
カウンターに座った次男に簡単に料理を見繕いハイボールで乾杯する。今回俺に会いに来た理由は日本国旅券の更新のためだ。日本人とはいえカンボジアで生活してきたから領事館で旅券更新手続きなど不慣れでまだ親のサポートが必要なのだ。今回10年パスポートを更新すれば次回更新時には30歳。そんな歳になったか…

いいか、とおもむろに身を乗り出し切り出した。次回からは自分で全部やるんだぞ、自分で領事館に行って書類も自分で書いて分からないことは窓口の人に聞いて。カンボジア語じゃ通じないかもだから日本語も勉強しないと。ちゃんと日本語教えてあげられなくてゴメンだったな…費用も自分で払うんだ、だから自分で金も稼がないとな。そのうち日本かカンボジアか国籍の選択もあるから自分でよく考えて慎重に決めるんだぞ…それと…
矢継ぎ早に捲し立てながら不意に胸が熱くなって最後は何も言えなくなってしまった。込み上げてくる嗚咽を抑えるのに精一杯だった。
小雨の降る中、まだ若かった父と自らの20代をふと思い起こさせた時間。
今日も静かなシェムリアップ の夜は更けゆく。