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横浜バー夜の人間模様 ファイルno.5

「自分の場所があるっていいなあ」
彼女はカウンターに片肘つきあまり通らない声でぼそり呟いた。ある夜ふらりと現れた少しあどけなさの残る猫顔の女性。長いことジンを飲んでいたが、店をぐるっと見渡すと堰を切ったように身の上話を始める。

自分の場所があるっていいなあ。私は自分の場所を持つのが夢なんです。それはいわば待機場所みたいなところで…
ちょっとわかりにくいですよね。
私は子供の頃、家にいつも人がいない環境に育って。親は離婚し母が毎日仕事に出て家には姉と私の2人だけ。小さな電気ひとつで帰りの遅い母を毎日待ち続けたんです。

寂しかったなあ、とっても。
私たちのためと分かっていてもなんかね。姉に言っても黙って待ってなさいって嗜められて。父は物心ついた頃には家にいなかったんです。頼れる母もいつも忙しく家に居ないし心にポカーンと穴が空いた感じ。なんか寂しいですよね。待ち続けることに疲れて…私が期待するのが悪いんじゃないか?だからお母さん帰ってこなくてもいいよねとか心にもないこと思ったり。なんかすみません、私一人で喋ってますよね。暗い話で退屈かな…ハハハ。ええ、はいもう一杯ください。
でもなんかこんな話聞いてもらって、慰めてもらおうとは思ってないけどただ話聞いてくれて…そんな場所があったらいいなあって思うんですよね。

絞り出すように一気にそう言うとグラスを傾け再び店内を見渡した。時折のぞく横顔は悲しそうにも見えるがある種の達観した潔さも感じた。
いつか彼女は自分の場所と呼べる空間を作り、心埋まらぬ人が満たされ温かい気持ちで帰って行くのを見る日がくるだろう。そして彼女自身がそこに心を重ね、癒されていく姿が想像出来た。
過去を変えることは出来ないが点と点が結び合い未来に広がる希望となればいいと願う。
心に痛みを負った人はこの世に無数に存在するだろう。横浜バーもそんな人の止まり木となり心癒せる場所になっていればいいな。閉店後、澄んで晴れ渡った星空を見上げながらそう思った。

今日も静かなシェムリアップ の夜は更けていく。

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