死亡者35人とは。
チャイナの広東省珠海市で、自動車暴走による凄惨な殺人事件が発生し、「35人が死亡、43人が負傷した。」と報じられました。
ちょうど12日から、珠海航空ショーも開催されていて、世界からメディアが集まっていた時期に発生したもので、「単に犯人のプライベートな問題、個人的な動機ではないのでは。政治的主張があるのかもしれない。チャイナ当局が報道規制を行っている。隠蔽である。」などと、事件背景の噂や当局発表への疑義も日本で多く報じられていました。
この件に関して、特にSNS上で「死亡者が35人を超えると、党幹部の責任問題になるから、隠蔽のために35人を最上限にしている。実際にはそれ以上の死亡者なのではないか。」という主張が多く見られました。
確かに、過去にも「35人」という数字が何らかの「公表数字の壁」として存在していたということは事実としてあります。
ただし死亡者数35人を超えると「市の書記級(党幹部)」が責任処分を受ける、という上記「噂」の主張の根拠をちょいと調べに行くと、それについて明確な規定は存在しなさそうです。というわけで、もう少し噂の真偽(根拠)を確めたくなりました。
ところで、僕も各所で解説をしている通り、チャイナの社会体制ガバナンスは、党組織(党人事序列)と行政組織(行政人事序列)がクロス人事・オーバーラップ人事によって構成されています。言い換えれば、行政含む広く一般に対する「法律」と、それと同じレベルで個人や組織の行動規制をかけるのが「(党)紀律」になるというシステムです。強いてシンプルに言えば、日本では一般的には法律だけが社会からの公権力による罰則を伴って個人や組織の行動を縛りますが、チャイナでは法律と紀律の「権力を規制する二重の籠」があるということになります。(詳しくは僕の本『紅い方程式』をどうぞ。)
自然災害や事故、大規模犯罪についての領導(書記や首長)の責任としては、法律的ないしは紀律的に区分されるハイレベルな重大事件が発生したとなれば、事件等級に応じてその管理監督責任を取らされることになります(引責党除籍や引責公職追放など)。
んで、今回の35人超えない説について、法律面では、例えば生産現場に限った事故などでは、「生産安全事故報告および調査処理条例」の第三条に数字が規定されていまして、下記のような等級規定です。
(A) 特別重大事故:死者30人以上、重傷者100人以上(急性中毒を含む、以下同じ)、または直接経済損失1億元以上の事故。
(B) 重大事故:死者10人以上30人未満、重傷者50人以上100人未満、または直接経済損失5000万元以上1億元未満の事故。
(C) 大型事故:死者3人以上10人未満、重傷者10人以上50人未満、または直接経済損失1千万元以上5千万元未満の事故。
(D) 一般事故:死者3人未満、重傷者10人未満、直接経済損失1,000万元未満の事故。
ここでは「30人(29人限界)」になっています。これは法律です。それ以外の殺傷事件等の関連刑法なども検索でヒットせず、法律的に「35人」という死傷者数のラインは無さそうです。(読者の方でチャイナ法令に専門のお詳しい方、35人という数字が何か適用されそうな関連法案があるということであれば、ご教示ください。)
それならば、紀律ではどうかというと、「中国共産党紀律処分条例」のような党内規定に明文化されるものと、慣習化によって運用されるものがあります。政治家引退年齢の「七上八下(68歳以上は引退するという定年制。最近は破られることも多い)」は慣習によって運営されてきたものといえるでしょう。
明文化規定に関しても、ちょっと調べた限りでは「35人(36人超)が引責になる」というような規定は見当たりませんでした。紀律処分条例では、事件などに対する責任の重さに応じて、当該人物の処分内容が明確に区分を持って規定されていますが。
結論として…、
確かに「35人」説は、チャイナという隠蔽体質/プロパガンダ大国においては(感情的な嫌味ではなく、現実の現象として。)、末端官吏が責任逃れのために、虚偽報告をするというのは、さもありなんな主張であります。新型コロナの発生初期段階での初動遅れは、中共の総括としても、地方党/地方政府領導(書記、省長、市長)による、感染者数の数字隠蔽があったとされました。
また、その「35人」説を批判する「「35人」説は虚言であり、噂にすぎない。」という主張も、チャイナ内に数字の法的根拠や紀律明文化が無いという意味では、一定の正しさがあると思います。「35人」説は、マーフィーの法則的に、過去の他の事件は着目せず「35人」報告事例だけに着目しているチェリーピッキングであることも否めません。多くの事件、災害において40人であろうが50人であろうが報告されています。
ただし、冷静なインテリジェンスとしては、紀律の慣習的運用によってやっぱり内々では「35人」説が存在した、慣習的に意識される「公表数字の壁」を忖度した、という可能性も捨ててはならないのだと思います。具体的な想像上の例としては、過去にこれまで35人までの死亡者が発生した事件では領導の引責辞任少なく36人以上では引責辞任することが「たまたま」多いことが重なって数十年経過すれば、それが運用上の前例主義的な慣例慣習になっていきます。それは地域性もあるでしょうし、現場の中共官吏でないと解らない空気感でしょう。紅いベールは奥深いです。
最後に、今般の事件で亡くなられた方の御冥福を改めてお祈り申し上げます。合掌。
※注意:本記事は暫定的な調査(数十分程度)に基づいた公開です。事後的に判明する情報があれば、内容を更新していきます。ご参考程度にどうぞ。