『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』
以前、彼に紹介してもらってパラパラと目を通し「うわー、いるよねそういう人。東カレ、港区ねー、はいはい。先輩登録してたわw」くらいで終わっていた本。
麻布競馬場さんが書いた『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』。私には珍しく、2日で読み終えた。
やたらリアル。きっと今の20代から30代の「東京」という場所を知っている人には、そう感じられる本だと思う。
はじめにパラパラとめくった時よりもそのリアルさが増しているのは、きっと「田舎」というものを実際に目にし、共にしているからだろう。
田舎の人は大抵、東京をすごい街だと思っている。同じ日本なのに、異世界のように扱う。
「このへんの人ですか?」と聞かれ「東京からきたんですよ」と伝えると「えー!すごい!やっぱり仕事終わりにカフェとか行くんですか!?」と目を輝かせる大学生とか。
私のちょっとしたブランドの財布を見て「ブランドものですか!?すごい!かわいい!」とぴょんぴょん跳ねる高校生とか。
「人でもころしてきたんか!?」と極端なことを言うおじさんたちとか。なぜ東京から田舎へきたのか、まるで理解できないというような言葉が返ってくる。
たしかに、電車の本数もとんでもなく少ないような地域では、高校生はおろか大学生ですら行動範囲はかなり狭い。自分の意思でちょっと栄えた場所へいくことも、メイク道具を買いに行くことも、インスタで見つけたカフェへいくこともできないような世界を生きている。
「自由に行動できる」というだけで、なんとなく「自立したカッコいい街」のように映るのかもしれない。
こんなように、憧れなのか、なんなのか、よくわからない感覚を抱き続けた結果、無意識のうちに「東京という街は自分を変えてくれる」と思う人も多いようだ。
東京に行けば、東大に受かれば、慶應に行けば、港区に住めば、きっと自分の人生は大きく変わる。いや、変えてくれる。そんな風に思ってしまうのかもしれない。実際はそうでないのに。
逆に、「東京なんて住むところじゃない」と語る人もいるけれど。
この本には、前者のような思いを持って東京へ出てきた人たちのエピソードがいくつも描かれている。フィクションではあるらしいが、相当リアルである。
外の世界を知らない親、そしてそこに生まれなんとなく生きていく人たち。「全員幼馴染」な地元の中高を出て、遠くても隣の県の短大や専門、国立大に進学して、就職で戻ってくる。地銀か役所かローカルメディア。そして子どもができ、入籍して、20代前半で2人目妊娠。入籍が先にこないのがポイント。
地元の中高で成績のための勉強だけ必死に頑張って、自分のやりたいことなんてわからないまま東京の大学へ進学し、親だけでなく、祖父母や地域の人からも「あの子は慶應へ進学したんだ!」と誇らし気に語られ、当の本人は友達すらできず苦しんでる、とか。
実際にそんな姿を見たわけではないけれど、こういった地で生まれ育った人の一部は、きっとこうなるんだろうということが想像できる。
さらに別角度でも、よく聞く話がある。
本当は戻ってきたくなかったのに、地元に戻らざるを得なかったパターン。母親が病気で亡くなって、父親が一人になるから、とかそんなところ。ビール3杯とハイボール2杯くらいを飲んだ頃「これからが人生のスタートだと思ったときに、そんなことが起こって」と話し始める。全員知り合いの、いくつかしかない居酒屋で。
こういう話を聞くと、今まで知らなかった世界が見えてくる。
東京という街に憧れを抱く気持ちは分かる。実際に私も、もし地方の出身だったら早々に東京へ出ていた気がする。そこでなんとなくその地に馴染んだようなことをして、背伸びして。東京出身という括りの中でも階級があるわけだから、決して上と同じ層にいけるわけではないんだけど。
実際の私は「東京に生まれた」というベースだけはあったから、埼玉県民の「池袋は庭だから」には、ふふっと笑ってしまうような人間をやっていた。しょうもない。
人は幸せになるために生きていくと思っているけれど、東京にいるから幸せ、東京にいるから成功、ではない。
社会の駒にされ、餌を吊るされ、追いかけて追いかけてようやく追いついたと思ったらまた遠くに餌を移動させられる。家族との時間はなくなり、嫁と子どもには嫌われ、定年退職する頃には「家にいてほしくない」とか。かつて「東京の商社マン」だった彼に聞くと、そんな話はざらである。これは成功なのか?幸せなのか?
いるだけで金がかかる街。身を削って働いて、ちょっと投資して、地位名誉に誇りを持ちながら高い家賃を払う。なんのゲームに参加させられているのか、と感じることすらある。
私より先に東京から田舎に越してきた人たちは言う。「遠いところで作られた有機野菜を高い金払って買う毎日ってアホらしいと思った。今朝そこで採れた野菜買って食べたほうがよっぽど幸せじゃない?」とか。「生活水準を下げられない人たちが国や制度に対して文句を言う構図っておかしい気がする」とか。
おっしゃる通りだな、と思う反面、一体私は我が子の子育てをどうするんだろうと考える。
『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』何度か読み返しておこうと思う。