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新作『Human Error Noise #1,#2』についての解説文/小林紗織(小指)

【『Human Error Noise #1 ,#2』を制作した日の日記】

Human Error Noise #2
文芸誌『MONKEY』vol.32「いきものたち」
フィリップ・K・ディック『プリザビング・マシン』(訳-柴田元幸)の挿絵

 文芸誌『MONKEY』で以前、柴田元幸さんが訳されたフィリップ・K・ディックの『プリザビング・マシン』という短篇の挿絵を描かせて頂いたことがあった。「楽譜を動物に変換する機械」の物語で、ゲラを読ませて頂いた時、頭の中に”夜、音と動物の間みたいな謎の存在が、不協和音が鳴り響く中で野蛮に暴れ回っている姿”が浮かんだ。実際に描き始めてみると、そのけたたましく音を出しながらかけずり回る謎の”生き物”の全貌がだんだんと見えてきて、ふと「私たちがバンドでやってた音楽って、こんな感じだったな」と思った。そして、いつかこの機械が変換した生き物たちみたいなセッションをして、楽譜に逆翻訳してみたい、と思った。

 この展示のひと月前にそんなことをふと思い出し、早速十代の頃から一緒に「小さいテレーズ」というバンドをしているギターのアガサ森田(通称・モリブタ)に声をかけた。フィリップ・K・ディックと柴田元幸さんの『プリザビング・マシン』の短編のイメージを伝えると、すぐ理解したらしく、早速彼の自宅スタジオで音を作ることになった。

 アガサが十代の頃にカセットテープで録音した変てこなノイズや、私が近所を散歩しながら録音した知らない人の家のピアノの音などをもとに、 テープレコーダーで音と音をコラージュをしたり、歪ませたりした。気分が乗ってきたので一階からスネアとシンバルも持ってきて、ギターも弾いた。破滅的音痴と有名の私がカーペンターズを歌って重ねたり(聞き直したらサバンナの動物の鳴き声のようだった)、私たちは音作りに熱中した。

 昔は週一くらいでこうして音楽を作っていたけれど、こんなふうに一緒に音楽を作るのも久しぶりだった。
 なんだか懐かしいなと昔のことを思い出していると、突然アガサが「げっっ」と叫んで鼻を覆った。私の足がクサい、ということらしい。アガサは「勘弁してよ、も~」と心底嫌そうな顔で言っていたが、私はここに着いた時からその自覚はあったから、そんなことも気づかないくらい私たちは演奏に集中していた、ということなのだった。
 その後私が便所に行き、続いてアガサも用を足しに行くと、「でかいうんこがあった」と震えながら戻ってきた。それはおそらく、というか確実に、私がさっき流し忘れたものだった。あげくに内鍵を誤って閉めてしまって、そのうんこが取り残されたままま便所が封鎖されてしまった。そんな一連の出来事を、「ごめんね」と謝りながらぼろぼろとパンのカスをこぼしてハムパンを食べる私を見て、アガサは「お前ももうすっかりアーティストなんだなぁ…」と、遠い目をして言った。いい友人だと思う。

 ふと気付いたら、朝に集合したのにもう夕方。本当に、この部屋は時間の経過がわからなくなる。だが、充分なほど面白い録音ができた。
 録音したものを聴き直している間、アガサは煙草を吸いながら「小さいテレーズ始めたばかりの頃を思い出すなぁ……」としみじみ言った。私もこの時、同じことを思っていた。

 丁度ひと息ついたら、ポリタスTVというyoutube番組が始まる時間になった。挿絵を描かせて頂いた斎藤真理子さんの『隣の国の人々と出会う 韓国語と日本語のあいだ』と、自著『偶偶放浪記』が紹介されると聞いていたので、アガサと「見よう」とドキドキしながら番組の開始を待った。書評家の石井千湖さんが本を片手にお話を始め、絶賛してくださり、思わずアガサと目を見合わせバンザイした。そして私の背中をバン!と叩いて、 「やったな!」と、スクール・ウォーズの山下真司みたいに祝ってくれた。
 そして、アガサが画面を向いたまま「俺たち、 昔からやってること何も変わってないのになぁ」と、不思議そうに呟いた。その時も私は、その通りだと思った。昔から私たちも作るものも何も変わってないはずなのに、ずっと自信がなくて、いつも苦しかった。

 このスタジオ部屋がある町も、これからますます新しいビルが増え、ビジネス街として想像もつかない速度で変化していくのだろうが、この部屋だけはずっとこのままな気がする。アガサがこの世からいなくなっても、置いてある物も何もかもこのままここにあるんじゃないかなと思う。

 私は新宿駅まで歩き、終電で家に帰った。なんだかとても懐かしい一日だった。その日の自分たちの演奏の録音を聴きながら、今回の新作『Human Error Noise #1 』と『#2』を描きました。

お知らせ

noie extentさんにて、二人展を開催します。 ドローイング、刺繍、立体、自作楽器etc…是非見て下さい!
小林紗織・小林亮平(ツポールヌ)
10.19 sat - 27 sun 月〜土11:00 - 19:00 日11:00 - 17:00
東京都目黒区八雲1-6-7 (東横線 都立大学駅より徒歩3分)


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小指
いただいたサポートは、創作と発表に使います。本をつくりたいです。