【2023年度振り返り】 武蔵美の修士を修了して博士課程に進学します
2023年度は2022年4月に入学した武蔵美の修士2年の年度で、主に(仕事と並行しながら)修士研究に取り組んでいた。1月に修士論文を提出し、その後卒業・修了展で展示を行った。2月に博士課程の入試を受験し、合格をいただいたため、来年度からは博士課程に進学することになる。
毎年振り返りを書いているので、今年度の振り返りも残しておく。主に修士研究での紆余曲折・試行錯誤を振り返る。
春, 夏頃の1つ目のプロトタイプとその分析
在籍していた武蔵野美術大学 造形構想研究科 クリエイティブリーダーシップコース 修士課程 は修士1年の後期から研究室配属があり、そこから本格的に修士研究を始める。昨年度3月までの段階では、研究に苦しんでいる様子が去年のnoteにも残っていた。
研究室のスタイルでは、問いそのものに対する批判的姿勢・問いを投げかけ続けることを大事にしながら、研究室内のゼミで議論を踏まえながら研究を進めていく。
大枠のテーマは、「人とテクノロジーの関係性」としていた。
使いやすさ・快適さのデザインを超えた、これから議論されるべきインタフェースのあり方や展望について探っていくことに関心を持って研究を進めていた。
大枠のテーマの設定は出来ているものの、それを具体的な形にするまでには時間がかかっていた。
そこで突破口となったのが、5月に行ったデモデイでのプロトタイプの展示だった。このデモデイでは、修士のゼミのメンバーと一緒に最初の展示を行った。
展示の企画段階ではまだ何を展示するか落とし込めてなく、締切駆動でなんとか形にした。
この時、「人とテクノロジーの関係性」という広い視点から一歩踏み込んで「人とスマートフォンとの関係性」に焦点を当てたプロトタイプをデザインした。
ScrollMate : スマートフォンとの付き合い方を探る拡張カバー
先行研究や事例、予備調査の結果を踏まえて、「ユーザーの大事な目標および意思決定を阻害せず、主体的判断を促進するためのインタフェース」が重要と考え、それを設計方針としてデザインした。
スマホのインタフェースの操作感の意味合いを超えて、本来の操作では生まれないような内省の機会を生み出すために、あえて外側のデバイスとし、そこにスクロール量が表示されるようにした。
その後、この「奇妙なデバイスが存在している」という事実が、利用者にどのような感情や思考を引き起こすかを考察した。そして、このようなデバイスが存在すること自体が、真新しい側面を生み出す可能性があることを発見した。
また、このタイミングで一度デモの発表をした。
夏頃 : 道具分析の観点での存在の分析
「外部デバイスによって、心地の良い違和感が立ち現れ、人に内省の機会を生み出す」
この違和感を、哲学者ハイデガーが道具分析の中で用いているブレイクダウン ( 障害 , 事故 )という用語を用いて、分析した。
このブレイクダウンは、HCIの文脈でもテリー・ウィノグラードの「コンピュータと認知を理解する」渡邊恵太さんの「融けるデザイン」の自己帰属感に関する説明の中でも引用されている用語である。
例えば、メガネを使っている時は、メガネの存在を意識することはないが、メガネが汚れていたり傷がついているとメガネの存在が気になるようになる。
そのような習慣的・ 日常的で快適な「存在」が中断される瞬間のことをブレイクダウンとハイデガーは表現している。
本来、インタフェースの設計では「どれだけ無意識に使い続けることができるか」という側面が重要視される。メガネが汚れていると不便ですよね。
ここでは「単なる故障という意味合いではなく、利用者の内省のために捉えてられるのではないか」と提案している。
もはや無意識で指が動かされるように日々見ているスマホの操作から、取り付けられたデバイスによって違和感が立ち現れ、自分の操作を意識することができる。
そのように、「意図的にブレイクダウンを設計し、人にマインドフルな意思決定を促すこと」を研究の中で示している。
このタイミングで充分に分析することで、見落としていたかもしれない観点を見出すことに繋がった。
秋頃 : 明確なビジョン提唱に向けての2つ目のプロトタイプ
この時期には、「1つ目のプロトタイプの改善をしていくか」「1つ目のプロトタイプの議論を踏まえ、2つ目をつくるか」と進め方を検討しているところだった。この段階で、検討を重ねて、最終的には2つ目のプロトタイプを作っていくことにした。
デザイン研究者のウィリアム・ ゲイバーの論文の中では、「複数のデザインを見比べることにより、特定のデザインの特質やデザイン原則に目を向けることができる」と説明されている。
自分の取り組みも、「スマホのスクロールを計測するデバイスの開発」をすることに関心があったというよりも、複数の事例(プロトタイプ)を踏まえた上での明確なビジョン提唱という点への意義を感じていたので、2つ目に取り掛かることにした。
Yaruki Switch Home 自宅 / 自分用のやる気スイッチデバイス
続いて、「自分の意思を外部に表明すること」を通じて、自分で自分の背中を押すことを目指したやる気スイッチデバイスをデザインした。
例えば、iPhoneには「スクリーンタイム」の「App 利用時間の制限」機能があり、自己制御のために「ついつい見てしまう」ことを避けるために多くの人が設定している。しかし、「制限を無視」というボタンを押し続け、連続して見続ける傾向がある。
これは、私たちの意思決定には、どうしても長期的な成果よりも短期的な欲求が優先されてしまう傾向があるためである(Reijula & Hertwig, 2020)。
そこで、自分でスイッチをONに操作し「今はやるぞ」という意思を外部に表明する。その後ついアプリボタンを押してしまってもそのアプリは閉じてしまう。この際、スイッチをONにした際の意気込みを思い返してもらい、自分で自分の背中を押すことを目指している。
Amazon.co.jpにて「スマホ 依存」と検索をすると、多くのタイムロッキングコンテナという製品がヒットする。これは、スマホを入れることができるタイムロック付きの容器であり、自分自身の生活や習慣を変えることを目的としている。
ただ、このタイムロッキングコンテナだと、本来の意識的に利用する際の調べ物も使えなくなってしまう。
自分の研究では、こういった「遮断や断ち切ること」とは異なる。
テクノロジーを否定するのではなく、自分自身で関係性の築き方を構築することを目的にしている。
そういった考え方は、Takram緒方さんによるイリイチの「コンヴィヴィアリティのための道具」を足がかりにした、現代に求められるテクノロジーのあり方「コンヴィヴィアル・テクノロジー」を参考にしている。
冬頃 : 評価実験とデザイン手法提案の整理
時間があれば、3つ目のプロトタイプも..と思っていたが、修士論文の中では上記の2つを取り扱うことにし、ここから追い込みで1つ目のプロトタイプを重点的に評価実験をしていた。
12月の上旬に修論の提出、そこから赤入れをもらい、1月に本提出がある。
この時期の様子はこちら↓に残っている。
実験では、一定期間デバイスを貸し出し・アプリをインストールしてもらい、日常生活の中で使ってもらった。その結果を踏まえて、最後のデザイン手法の提案に向けた整理を行った。
最後の提案の部分は最後まで試行錯誤していた。
修論のタイトルは、12月の提出から1月の本提出の間に修正している。
結論として提案しているデザイン手法・全体のコンセプトとして「セルフナッジ (短期的な欲求に対して、長期的な目標を達成するための自己制御)」という用語を使って説明するようにした。
※ 最後の結論の部分を含めた、研究の取り組みを説明するwebページ準備中
1月〜3月 : 修論執筆後のその後 卒展・修了展と学会, UPDATE EARTH2024
卒展・修了展
1月には修論発表・卒展・修了展を迎えた。執筆・学内の発表で終わらず、展示を行うのは美大ならではだと思う。
上記の研究の過程で生まれた2つのプロトタイプとともに、結論として提案したデザイン手法を提示するような展示構成にした。3日間の展示期間は基本的に在廊するようにし、興味を持ってくれた方々とコミュニケーションを取るようにした。
今までの講義やゼミは修士の中で行われていたが、卒展の準備で学部生と一緒に取り組むことで、個々人の卒制のこだわりや表現や仕上げていく過程を見ることができて、自分の取り組みに対してのリフレクションにもなった。
また、卒制委員として、展示の配置決めや、キャプションの生成スクリプト書いたりした。後に図録作成の際にも役立ててもらえたらしいので嬉しい。
https://zenn.dev/koyoarai_/articles/ac6af18b2b74bc
結果として、自分の研究が学科の優秀賞に選んでいただいた。4月から1ヶ月間鷹の台キャンパス内の美術館で展示予定。3月はこのためにシステムを1ヶ月間稼働させられるようなチューニングと設営準備をしていた。
インタラクション2024
また、9月のヒューマンインタフェースシンポジウムでの発表に加え、3月のインタラクション2024でもデモ発表をした。学部時代のインタラクション2018でも発表していたので、6年ぶり2回目のインタラクションだった。ここでのフィードバックは今後の取り組みの参考にしたい。
UPDATE EARTH2024
研究の過程で生まれた『Yaruki Switch Home : 自宅/自分用のやる気スイッチデバイス』が総務省 異能vationプログラムの「ジェネレーションアワード」と「NIPPON INNOVATION AWARD」でノミネートに選んでもらった。
UPDATE EARTH 2024@前橋の最終審査のイベントに参加した。
これからに向けて
修士に入学した時点では、博士課程に進学しようと意気込んでいたわけでもなく、この1年間の研究の過程で、継続して取り組んでいきたいという気持ちが芽生えてきて、1月に願書を出し、2月に入試を受けた。
修士課程では、自身のバックグラウンドであった技術分野に囚われず、デザインや社会科学の視点からアプローチを行うことの重要性を感じながら、研究を進めた。
今後の展望としてもテクノロジーとデザインの交差点でのアプローチを探究し続け、新たな視点を取り入れながら取り組みをし続けていきたい。
この次のステップでは、これまで以上に自己主導で開拓し、進めていくことが求められると感じている。より一層、自分自身で方向性を定め、試行錯誤を重ねていく必要がある。
修士修了→博士入学は、修士の入学のタイミングより一層ここからスタートという意味合いを感じる。またさまざまなことにチャレンジし続けられればという気持ち。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?