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メード・イン・イタリー成立の秘密を解き明かす

ローマ法・キリスト教・軍事力に続いて、四度目はデザインで世界を制したイタリアですが、本noteでは、世界中で人気があるメード・イン・イタリーが成立した秘密を解き明かしましょうーそれは、メード・イン・ジャパンが復活するための有力なモデルを提供してくれるはずです。なお本noteは、拙著の第4章および、小山太郎・若林靖永(2021)「イタリアにおけるデザインマネジメントの原理 : デザイン・ドリブン・イノベーション理論との対比を通じて」『商品開発・管理研究』Vol.17(2),pp.2-29(学会論文賞受賞)に基づいています。

1.黄金のトライアングル

まず、デザイナーのピエルルイジ・チェッリ(Pierluigi Cerri)は、次のように述べています。
「イタリアのデザインの本当の秘密は、製造前のメカニズムつまり、模型制作職人(modellisti)や鋳型を作る職人(stampisti)にあるのですが、そういった職人達がいなくなってしまったので(デザイナーの)カスティリオーニが嘆いていたことを思い出します。オリベッティ社で、デザイナーのニッツォーリと一緒に幾つかのデザインプロジェクトをモデラーのジョヴァンニ・サッキ(Giovanni Sacchi)が修正していたのを私は目撃しました。今では人々はコンピューターの奴隷であり、ステレオタイプの壮麗な模型が作られています。・・・デザイナーと企業とモデラーとの協業が基本なのです。サッキが制作した模型を一目見るなら、イタリアのデザインの本当の歴史を見出すでしょう。」

冒頭の図は、チェッリが指摘する「デザイナーと企業とモデラーとの協業」を図示したものです。量産される工業的なメード・イン・イタリー製品は、デザイン起業家とデザイナーそして模型制作者の三者が協業することによって成立したのであり、これらの要素の内一つでも欠ければ品の良いメード・イン・イタリー製品は生まれなかったと言えます。木で模型を制作するイタリア人のモデラーとしてジョヴァンニ・サッキピエルルイジ・ギャンダ(Pierluigi Ghianda)の二人が有名であり(図1)、前者のサッキは、デザイナーの依頼に応じて、タイプライター・ミシン・テレビ・ティーポットなどの家電や食器などの日用品の模型を制作する一方で、木の詩人と呼ばれた後者のギャンダは、超絶的な腕前を備えた家具職人―イタリアでは伝統的に、そういった家具職人を、黒檀などの高級材を用いて高級家具を作るエバニスタ(ebanista)と呼んできました―として、量産される前の家具の模型を主に制作していました。

図1

模型を作ることの意義について、サッキは次のように証言しています。
「模型の制作に投資しない企業―つまり研究を行わない企業―は、立ち行かなくなることが見て取れる。…プラスチックは、作業のための健全な素材ではない―情緒がなく、生彩ある描写もないプラスチックは水を固めたもののようであり、何も感じないし、(木の模型を制作するときのように)アイディアを反映させることもできない。ギブスで固めた皮膚のように、プラスチックは冷たく、死んでいる。金属の鋳型を作る前に、木の模型を制作すべきで、それによって間違った鋳型を作るリスクを避けることができるし、そもそも木の模型を制作するコストは、金属の鋳型を制作するコストの1%に過ぎない。…かたち(form;フォルム)は、魂を入れるケースである内部と、外観である外部から成る。」

また、ギャンダは次のように証言しています。
「今日でもコンピューターでは達成できないことがあり、それは、人間の手・眼そして人間によって制作された道具によって達成可能なのである。機械で作られたモノには、魂もアイデンティティもない反対に手で作られたモノには、それを制作した人の気質・気分が見て取れる恩寵を受けている時やひどく機嫌が悪い時は、かんなで削るのが上手くいかない。木材の調子、木目の色、表面の絹のようなつや、などといった要素すべてが、制作するモノを唯一のものにするのだ。」

デザイナーがモデラーに木製の模型の制作を依頼するのは、プラスチック製の椅子であれ、金属製のボディを備えた自動車であれ、アウラを湛えた芸術作品として制作された模型の見た目の質感―そこには量の感覚(マッス)や表面の光沢度合いも含まれる―や触り心地をプラスチックや金属の素材へと移転するためです。量産される工業製品の起源に、芸術作品として制作された模型があり、芸術作品の価値を工業製品に移転させる以上、デザインマネジメントでは、起業家・デザイナー・モデラーの三者が芸術作品に通暁していることが望ましいでしょう。そうすることで、プラスチックや金属の素材で木が持っている固有の質感を表現することができるのです。ファッションデザインでも、デザイナーは新作の服のイメージ(スケッチ)を、型紙を作るパタンナーに渡しますが、自動車のデザイン同様、そのスケッチには、(日本とは異なり)細かい寸法の数値が記載されていません。二次元のスケッチから立体感を表現するような模型を制作するのは、彫刻家のセンスを備えた優れたモデラーやパタンナーなのです。靴のデザイナーであるセルジョ・ロッシが、自分の描いた新たな靴のスケッチから立体模型を起こしてもらうためにミラノに行ったのは、ミラノに靴のモデラ―がいるからでした。なお、真のデザイナー(プロジェッティスタ)は、実はこのモデラ―なのではないか?とファッション研究家のE.C.Altanは、指摘しています。

さて、デザイナーが新たなかたちを創出する際、ヴォイニッチ草稿に描かれているようなこの世に今まで存在しないような植物のかたちを思い浮かべる場合、それは、イマジネーションではなくファンタジーに分類されます(美術史家のアルガンの指摘によります。)。ネバーエンディングストーリーのファンタージェンではありませんが、どこかで見たかたちを思い浮かべるイマジネーションと比べて、ファンタジーの場合のデザイン思考の程度(数式でも言葉でもなく、イメージで考える程度)は非常に強いことが特徴です。今まで見たことがないようなドリブルパターンを披露するサッカー選手は、イタリアではファンタジスタと呼ばれますが、その都度、即興的に未発表の新たなかたちを絶えず探求するのが、イタリアのデザインの特徴であると、ドムスアカデミーで初代校長を務めたドルフレースは指摘していますーイタリアのデザイン思考の伝統では、この新たなかたちの探求は、色彩の決定よりも優先されてきました。クルマのデザインの場合、全く新しいボディフォルムをゼロから探求する場面は少ないため、通常は、過去のデザインパターンを多く採り入れたリモデリングとなりますが、これは、イメージ操作の程度が高くなく、イマジネーションに分類して良いでしょう。

2.ニッツォーリの貢献

前述のサッキは、企業の外部にいるデザイナーに自由にデザインをさせたことで、イタリアの工業デザインの生みの親となったオリベッティ社からデザイナーのニッツォーリ(Nizzoli)がやってきた時のことを次のように述べています。
「ミシンのミレッラ(mirella)の模型制作を依頼されたとき、模型を作った後に、寸法を短くしたり長くしたりすることを求められたので、最初から精確な寸法を提示するように言ったところ、ニッツォーリが言うには、『自分は試行錯誤しているので怒らないで欲しい』、ということであった。かくしてAからZまでの各種サイズの模型を作り、ニッツォーリは、その模型に服を着せることを考えていた。彼が言うには、(ミシンに限らず、自動車でも)最初から模型に色を付けると、クライアントはかたちを見ずに色しか見なくなるので、制作された模型に自分が色を付けることを望まない―これがニッツォーリから自分が学んだ教訓である。また色を付けると、量感が生まれてしまう。これは、服を選ぶときも同じで、最初に自分の身体に合致した型を選び、それから色や奇抜な装飾を施す段となる。その意味で型(模型)は、機能的でそれでいて余分なところがなく美しくて立派(bello)でなければならない。」
画才のあったニッツォーリですが、カフェに展示するためのマネキンをデザインする際には、彫刻家のF.メロッティ(Fausto Melotti)と協業し、優れたモデラーや彫刻家の3次元の立体感覚をデザインに活かすようにしています(デザインは、二次元のイラスト等を描くというよりも彫刻家のセンスをもって三次元の立体感(重量感;マッス)を表現する営みです)。

図2

3.デザイン起業家の証言

さて、冒頭のP.チェッリの証言だけでメード・イン・イタリーの成立理由を説くは、根拠が不足しており、説得力に乏しいでしょう。そこで、主に家具/照明器具/キッチン分野のイタリアのデザイン起業家数十名に対して、メード・イン・イタリーが成立した理由を尋ねたインタビューデータを分析してみましょう(証言データは、『デザイン・ファクトリー(G.Castelli,P.Antonelli,and F.Picchi(2007),La fabbrica del design  Conversazioni con i protagonisti del  design italiano,Skira)』という本に収録されています)。以下は、この本に収録されたデザイン起業家一覧です。

図X


次に、インタビューワーであるG.カステッリィの発言部分を除き、デザイン起業家達の証言データを全て結合してテキストデータを作り、それから共起ネットワーク図を作成してみたのが以下の図3です(総文章数は3617文で、分析にはKh Coder Ver3.0を用い、ネットワークをサブグループに分割するアルゴリズムとしては、標準的なモジュラリティQを選択し、ストップワードとしてil,laなどの定冠詞・lei,loroなどの代名詞・con,aなどの前置詞・動詞および人名を設定した(イタリア語の形態素解析アルゴリズムとしては同ソフトに搭載されたfreeling4.0を活用)。

図3


なお、同書に採録されている各デザイナー(*)の証言データからも、共起ネットワーク図を作成してみたのが以下の図4です(総文章数は1204でした)。

図4

円の大きさは、証言中に出現する用語の頻度を、そして太い線は用語同士の共起の程度が大きいことを示しており、他方、トピック(話題)を表わすコミュニティ(サブグループ)の違いは、色の違いで示されます―なお、語と語の物理的な近さ(距離)に意味はなく、その間に線分が引かれているかどうか(さらにはその線分の太さの程度)に意味があります。図3において、大きな円に囲まれた頻出語として示されているのは、design(デザイン)・progetto([デザイン]プロジェクト)・mobile(家具)などであり、Kh Coderの関連語検索機能を用いて、“デザイン”という言葉を含む文章の中に特に高い確率で出現する言葉を抽出した結果、oggetto(製品)・imprenditore(起業家)などが抽出されました(表2-1)―製品という言葉は、文書全体で81回出現し(括弧内はその出現確率)、共起の列は、“デザイン”が出現したことを前提にして製品という言葉が14回出現したこと(括弧内はその条件付き確率)を示しています。デザインという言葉と起業家(imprenditore)という言葉が共起しているのは、イタリアの家具(mobile)分野(settore)では、デザイン中心のモノ作りを行うような企業文化(cultura)があり、その中心的な役割を果たしているのが起業家であるからです―この様子は、図3の(a)において、デザイナー(progettista)と起業家(imprenditore)との強固な共起関係で表現されており、後ほど示す表2-6でも確認できます。同様に表2-2は、“プロジェクト”に対する関連語検索結果であり、語同士の共起の程度を示すJaccard係数で評価した上位5つの言葉が載っています。イタリアでは、プロジェクト(progetto)という言葉は、デザインプロジェクトを意味し、表2-2からデザインプロジェクトを実際に率いるのはデザイナーの役割であることが分かります。表2-1および表2-2において、最も共起の程度が高い言葉は、それぞれ製品(oggetto)とデザイナー(designer)であり、今度は、これらの言葉に対する関連語検索を実施した(表2-3および表2-4)。表2-3の内容は、図3の(b)の部分においても確認できます(acciaio[鋼]、vetro[ガラス]、allumino[アルミニウム]等)。

画像6


同様に“建築家(architetto)”および“起業家(imprenditore)”に対する関連語検索結果を示したのが、表2-5および表2-6です。表2-5より建築家はデザイナーと同義であり、イタリアでは、デザイナーはプロジェッティスタ(progettista)と呼ばれることも踏まえると、建築家・プロジェッティスタ(デザインプロジェクトを率いる者)は、要するにデザイナーのことであると言い換えられます―イタリアでは、建築家がデザインも手掛ける伝統があります。デザインプロジェクトを任された建築家は、協業を通じてモノのかたち(forma)を決めますが、ここでデザイナー側の証言データから、“モノのかたち”に対する関連語検索を行った結果が、表2-7である。表2-8は、表2-1に現れている部門・分野(settore)に対する関連語検索結果であり、表2-8に現れている家具(mobile)と共起している用語群を調べたのが表2-9です。

図5は、表2-1から表2-9までの頻出語間の共起関係をまとめて示したものです。

図5

図5の三者間の協業という位置づけから、デザイナーのP.チェッリが述べている内容の裏付けを取ることができますー上記のチェッリの証言は、図4の(d)の部分でも確認できます。イタリアでは、デザイナーは企業の内部に囲い込まれるのではなく、企業外部のデザイン事務所で自由にデザインするのが通例であり、図5が示しているのは、そのようなデザイナーと起業家が協業(討議)しながら、デザイン・プロジェクトを通じてアイディアを具体的な製品のかたち(forma)に落とし込むべく、模型制作職人とデザイナーが連携している様子です。イタリアでは、デザイナーとは、モノのかたちの専門家であり、コンセプトに対して具体的なかたちを付与する(=a form giver)であるということも裏付けられます。なお、プロジェクト遂行中には、素材・材料(materiale)やモノのかたち(forma)に対する探求(ricerca)が行われことも確認できます。
なお、図5には、デザイン―部門―家具―ミラノサローネという共起関係もあり、これは、デザインされた新製品は、ミラノサローネという国際見本市に出展されることを意味しています。原文を確認すると、ミラノサローネに対する出展について、アルベルト・アレッシは以下のように証言しています。
「公衆の心に響く製品を世に出すには、“ボーダーラインセオリー”を用いる。これは、公衆のニーズや要望を予期し、彼らが好むようになるだろう新たなデザインプロジェクトやアイディアによって表現される“可能なものの領域”と、公衆よりも遥かに先んじているがために彼らが全く理解できない製品やアイディアから成る“不可能なものの領域”との間にあるボーダーラインの上に、常に自社が乗っているようにする、というものである。このボーダーライン(境界線)は、市場調査を行っても、はっきりその姿を見せず、直観や感性そしてリスクを愛好することからもたらされる類まれなクオリティを通じて初めてはっきり認識され、クオリティが極めて高いので理解されない挑戦的な製品―それは商業的には失敗作(flop)なのだが―を作ることでボーダーライン上に居続けることができる―そうしなければ、デザイン経営を実践する他社がこのボーダーライン上に進出し、アレッシィのポジションが奪われることとなる。なお、大企業は、リスクを避けるためこのボーダーラインからできるだけ離れようとするため、結果的に大企業の作る新製品はどれも似たり寄ったりなものになる。」(Castelli, op.cit., pp.258-259)
以下の図6は、アレッシィの述べる「商業的には失敗作でも構わないとする“ボーダーラインセオリー”」を図示したものです。

図10

4.終わりに

本noteを通じて示したことは、起業家が才能あるデザイナーを発掘して様々なデザインプロジェクトを任せる一方で、任せられたデザイナーの方は、デザインコンセプトに対して新たなかたち(フォルム)のイメージを与え、最後にデザイナーから提示されたイメージ図に基づいて(デザイナーと相談しながら)モデラーが模型を制作するという一連のプロセスでした。この三者間の協業が、クオリティの高い工業的なメード・イン・イタリー製品を生み出す仕組みでしたが、「遠近法を習得することで優れた立体造形感覚を身に付けた模型制作職人(モデラー)」の数が減少していることは、メード・イン・イタリー製品の持続的な提供が危うくなっていると指摘できます。他の国には存在しないような「立体感を表現できる彫刻家のようなモデラー」の存在に、中国が気が付いたのは2008年のことでした。なお、上述の三者間の協業に加えて、メード・イン・イタリーを成立させたもう一つの大きな要因として、建築家(デザイナー)らの反合理主義的な設計思想があります(たとえば、ドイツの機能的な合理主義に反旗を翻してネオリバティ様式を確立したとされる1960年の展示会「Nuovi disegni per il mobile italianao」は、そういった設計思想が芽生えた端緒でした。)。それについては別のnoteで紹介しましょう。そして、メード・イン・イタリーには、工業的なメード・イン・イタリーと職人的なメード・イン・イタリーの二つが大きく分けてありますが、イタリアの職人世界の構造についても別のnoteで取り上げます(本noteで対象としたのは工業的なメード・イン・イタリーの方です)。メード・イン・ジャパン復活のためには、高級キッチンであれ、ファッションであれ、模型制作職人/通常のガラス職人/刺繍職人たちをデザインプロジェクトに参画させるべく、デザイナーが音頭を取ることから始めたいものです

(*)同書に収録されたG.ペーシェ、G.ピレッティ、A.ブランジィ、A.C.フェッリエーリ、A.カスティリオーニィ、P.チェッリ、A.チッテーリオ、M.デルッキ、V.マジストレッティ、A.メダ、A.メンディーニ、E.ソットサス、M.ザヌーソの証言データを結合しました。

画像出典:
図1:左https://www.sestonotizie.it/giovanni-sacchi-il-grande-inventore-sestese-di-modelli-e-prototipi-di-oggetti-di-design-e-progetti-di-architettura/、右https://coolhunting.com/design/luomo-che-firma-il-legno-documentary/、図2: http://www.archiviosacchi.it/archivio/index.php?categoria=modelli&sottocategoria=DES&primorecord=57&id=422&cerca=&autore=&committente=&descrizione=&anno=&tabella=&azione=、https://www.fiddlebase.com/italian-machines/necchi/necchi-sewing-machine/、https://www.worthpoint.com/worthopedia/vintage-necchi-mirella-sewing-machine-1871706733、https://www.worthpoint.com/worthopedia/necchi-mirella-sewing-machine-1956-1810598306、https://www.worthpoint.com/worthopedia/necchi-mirella-hand-crank-189506434、https://turismo.comune.re.it/en/boretto/discover-the-area/people-history-traditions/famous-people/marcello-nizzoli、https://www.flickr.com/photos/marloesduyker/4297962155/in/photostream/

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