書籍「紙と人の歴史 世界を動かしたメディアの物語」(2017年/アレクサンダー・モンロー著)
「紙」の歴史を、宗教、科学、音楽などの歴史と重ね合わせながら書いた本です。
世界にまたがる約2000年間の壮大な物語がドラマチックに描かれていて、非常に読みごたえがありました。
製紙技術は約2000年前の中国(後漢)で発明され、まずは東アジアに広がりました。
日本には、早くも5世紀初頭にはその技術が伝わってきていたようで、大河ドラマ「光る君へ」をみても分かるとおり、約1000年前の平安京では紙を行政文書、手紙、障子など実に様々な用途で使っています。
製紙技術がイスラム圏に伝わったのは8世紀後半です。
以後、イスラム圏では、コーランの写経とあわせて紙が爆発的に普及しました。
そして哲学、天文学、数学などの学問も盛んになり、巨大な図書館も建設されるようになっていきます。
もちろん、図書館で膨大な書籍を貯蔵できるようになったのも、紙のおかげです。
なお、イスラムの人々の学問に対する探究心はとどまるところを知らず、当時ギリシアの地を支配していたビザンティン帝国に対し、「古代ギリシアの人々の知恵を無視している(古代ギリシアの文学遺産をちゃんと管理していない)!」と批判して、そのうち入手できたパピルスや羊皮紙に書かれた文学遺産はきちんと紙に書き写し、アラビア語に翻訳するなどして研究を続けたのです。
以上のとおり、アジアとイスラム圏は、読み書きの媒体として紙を普通に使う社会となっていたのですが、
驚くべきことに、なんとヨーロッパでは、まだ紙というものが存在せず、いまだにパピルスや羊皮紙に記録し続けていました。
しかも、これらは大量に作ることができない非常に高価な記録媒体だったので(パピルスに至っては原産地がエジプト付近に限られる)、ほんの一部の限られた人たちしか使うことができませんでした。
だから、当時のヨーロッパでは、ほとんどの人が読み書きの媒体を持っていなかったわけです。
それほど遅れたヨーロッパだったので、1200年代に中国(元)の都を訪れたマルコポーロは、世の中に紙というものがあることは知ってはいたものの、その紙が潤沢に生産・使用されていて、しかもそれがお金(紙幣)として大量に使用されている社会を見て、愕然とします。
そのころのヨーロッパでは、ビザンティン帝国(ギリシアのあたり)が少しずつ紙をイスラム圏から入手するようにはなってはいたのですが、「イスラムのものなので信用できない」「こんな薄いものはすぐに劣化するのではないか」などの疑念があってなかなか普及しませんでした(実際はパピルスや羊皮紙の方が早く劣化します)。
しかし、13世紀からようやく使われ始めるようになり、14世紀になってやっとビザンティン帝国内の記録の大半が紙になっていき、徐々にヨーロッパ全体に広がっていきました。
なお、ヨーロッパ(キリスト教圏)内ではじめて紙が作られ始めたことを示す最古の記録は、1276年(北イタリアで)とのことです。
これは、マルコ・ポーロが中国をうろうろしていた頃です。
ところがその後、世界史の大逆転が起こります。
1445年頃にドイツで活版印刷が発明されたのです。
これにより、ヨーロッパでは出版物の量が飛躍的に増加し、多くの人が書籍を安価に入手できるようになり、出版社も多数出現し、識字率も上がり、科学や哲学などの学問が発展して人々の集合知が増大し、既存の宗教や権力などに疑問を呈するような状況が生まれていくのです。
そして、宗教改革や、フランス革命、産業革命などにつながっていきます。
一方、26文字のアルファベットしかないヨーロッパに対し、文字の種類が膨大でしかも崩し字などもあるアジアやイスラム圏では、活版印刷は普及しませんでした。
そして私は、ヨーロッパが16世紀くらいから急に力をつけてきたのは、この「活版印刷ができたかどうか」が大きくかかわっているのではないかと考えています(仮説です。この本はそこまでは述べていません)。
この本はその後、小説の登場、新聞の登場、楽譜の登場などの話題を取り上げた後、デジタル技術の発展による今後の紙や出版業界の運命(消滅するかどうか)などについて自論を述べて終わります。
昔読んだ「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイアモンド著)という本も非常に興味深かったのですが、この本もそれと同じくらい衝撃的な内容でした。
だから、世界を変えたモノ(銃・病原菌・鉄)に「紙」も追加すべきだと、強く思っています。
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