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巨大プラットフォーマーと手を組むファクトチェック団体~リトマス

今年9月にMeta社との提携を公表したファクトチェック団体「リトマス」の編集長・大谷友也氏が、NHKのラジオ番組「みんなでファクトチェック」に出演していた(11月8日放送)。プラットフォーム事業者とファクトチェック団体の連携の実態、偽情報の現状や今後の課題、政府が偽・誤情報対策に関与することへの懸念などについて語っている。




Meta社との連携

日本のファクトチェック団体としてMetaと提携するのはリトマスが初めてだが、この「第三者ファクトチェックプログラム」は2016年に開始され、世界の80以上のファクトチェック機関で実施されているという。

何か誤っている可能性のある情報があったらリトマスが選別して、リトマスで作ったファクトチェック記事に誘導するようなメッセージを紐づける、というふうにしてもらうという形ですね。

リトマス編集長・大谷友也氏の発言。「ファクトチェックの現状と課題②」NHKラジオ第一Nらじ「みんなでファクトチェック」より(2024年11月7日放送)。強調筆者

大谷編集長がいうように、リトマスの検証結果をもとにMetaがSNS投稿にラベルをつけ、検証記事へのリンクを貼る。ファクトチェック対象の選定に関しては、リトマスに任されているらしい。

Metaからこの情報をファクトチェックしてください、みたいに指定されるわけではなくて、リトマスが自由にMetaのfacebookなりインスタグラムなりの情報を見ていて、これは検証できるなと思ったのがあったら記事を書いて、その記事がもともとからリンクできるようにするっていう形ですね。

同上。強調筆者

プラットフォーム事業者だけでは偽・誤情報対策に手が回らないので、ファクトチェック団体など第三者機関の手を借りる。これは関係各位の誰にとっても都合がいい。おそらくユーザーを除けば。

■ファクトチェック団体:大手プラットフォーム事業者から仕事を受注することで、財政的に安定し、社会的評価も得られる。

■プラットフォーム事業者:外部機関に委託する形をとることで、コンテンツモデレーションの客観性や妥当性が担保される。世間にも政府に対しても、「偽情報対策してますよ」という申し訳が立つ。最近は全世界的にプラットフォーム事業者への風当たりが強く、規制推進の動きがあるため、何かしら対策をとる必要があるのだ。

■政府:「プラットフォーム事業者はファクトチェック機関と連携して、偽情報対策をしなさい」という方針を、総務省は明確に打ち出している。この二つを結びつけることによって、政府はプラットフォーム事業者を多少は縛れるし、ファクトチェックを秩序維持の手段にできるし、一石二鳥である。
憲法で表現の自由が保障されているので、政府は個人のSNS投稿を直接的に規制することはできない(注1)。だから、プラットフォームを介して間接的に規制をかけ、「デジタル空間の健全性」を維持しようとするのだ。

■ユーザー:ファクトチェック団体が真偽判定してくれて、プラットフォーム事業者が適宜コンテンツモデレーションしてくれるのは、一般のユーザーにとっては楽だろう。ただ、本人が知らないうちに情報の受信・発信ともに制限されている可能性はあり、それをどう捉えるかは人によって意見が分かれるかもしれない。
(外部のファクトチェック団体にファクトチェックを委託するにせよ、プラットフォーム事業者のコンテンツモデレーションの基準が不透明であることに変わりはない。これといって心当たりがないのに投稿やアカウントを削除されたというのは、よく聞く話だ)。

検証対象の範囲やレーティングの分類方法について、リトマスの基準とMetaの基準は完全に一致するわけではない。なので、リトマスのファクトチェック結果とMetaのコンテンツモデレーションにズレが生じる可能性は常にある。

たとえば政治家の投稿をリトマスはファクトチェックの対象としているが、Metaのプログラムでは対象外となっている。だから、リトマスが政治家の投稿をファクトチェックしても、Metaはその結果を採用しない。このようにクライアントに採用されないネタを、ファクトチェック団体が積極的に取り上げるか?という点は微妙であり、結果的にリトマスが「政治家による投稿」のファクトチェックを減らす可能性も出てくる。

リトマスが独自の基準を持っていても、Metaのプログラムを委託することにより、Metaの基準におもねってしまうかもしれない。プラットフォーム事業者とファクトチェック団体との連携には、そんな危うい側面もある。

報酬はおいくら?

Metaは第三者ファクトチェックプログラムをファクトチェック業界への「投資」と位置付けており、委託先のファクトチェック団体には報酬が支払われる。「みんなでファクトチェック」でもその話が出た。

キャスター:その場合はMeta社からちゃんとお支払いがあるわけですか。
大谷:まあそうですね、いくらかはあります。
キャスター:それは報酬というか、ファクトチェック代金というような感じですか。
大谷:まあ一応そうなりますね。

同上

番組では具体的な金額はぼかしていたけれど、そのうちリトマスから会計報告が公開されて、詳細が判明するだろう。以下は昨年2023年度の会計報告である。

約360万円の収入のほとんどが寄付金で、そのうち200万円をMetaからの寄付が占めている。ちなみに初年度の2022年は、クラウドファンディングで300万円以上集めていた。

大半のファクトチェック団体と同じく、リトマスも資金繰りは楽ではなさそうだが、大手プラットフォーム事業者との提携により資金面での支援が得られれば、財政状況は大幅に改善すると思われる。ただ、広く浅く資金を募るのではなく大口顧客から大金を支援される場合、中立性・公正性を維持できるのか、という問題も出てくる。

ファクトチェックのような活動は、一般の市民が少しずつお金を出し合って支えるのが理想的だと思うが、背に腹は代えられないのだろう。

日本のAIフェイク事情

生成AIによるフェイクの脅威が世間では取り沙汰されているが、私には正直あまりピンとこない。だから、大谷氏の見解―—AIによる精巧な偽動画・偽画像は今のところ日本ではあまり広まっていない——には納得がいった。ただその理由は意外なもので、日本人のリテラシーの低さを裏付けていた。

べつにそこまで精巧な偽動画を作らなくても人を騙すことができちゃうというのがあるので、ある意味あまり広まっていないかなと。

同上。強調筆者

逆に言えば、社会全体のリテラシーが向上すれば、稚拙な偽動画(チープフェイク)では騙されなくなる。すると今度は、精巧な生成AI動画(ディープフェイク)が跋扈するだろう。フェイクとリテラシーはイタチごっこなのである。

リテラシー以前の、もっと根本的な対策を推し進めなければならない。社会学、経済学、心理学等々の学際的な取り組みを通じてなされるべきだが、そういう話は今のところ聞かれない。あまりにも大変な試みだし、関係各位にとっては利益にならない(ユーザーは別として)からだろう。また、社会のあり方そのものを問うことになり、政策・政権批判につながるので、いろいろと差しさわりがあるのかもしれない。

現在、総務省に設置されている有識者会議は法律家が中心で、視点がだいぶ偏っている。なにせ法律関係者ばかりが集まっているから、法規制ありきで議論が進んでおり、異例のスピード感が怖いくらいだ。その背景には生成AIフェイクへの危機感がある。誰にも見分けがつかないフェイクがAIによって量産される未来を、有識者の先生方は恐れているのだ。

リテラシーの限界

ファクトチェックと並んでリテラシーが偽・誤情報対策で重要視されていることには、一部で疑問の声もある。全ての偽・誤情報を網羅できない以上、ファクトチェックはモグラ叩きに等しいといえる。それに対して、ファクトチェックに啓発的な意味合いを持たせる意見もある。要するにファクトチェック記事の配信を通じて、「このような偽・誤情報がネットには流通・拡散することがありますよ」と教育する意味があると言うのだが、有効性は疑わしい。

生成AIのところで触れたが、情報の受け手である個人ないし集団がいくらリテラシーを高めても、偽情報の発信側の技術の進歩に追いつかない。基本的な知識リテラシーの習得は必要だが、それ以上を個人レベルに期待するのは現実的ではない。

たとえば、オレオレ詐欺に気を付けましょうという啓発活動をしても、被害は無くならない。「自分は詐欺に引っかからない」という正常性バイアスが働くからだ。このバイアスを打破するようなリテラシー教育を施そうとしても、特定の層(高齢者その他)には効果が薄い。子どもと学生は学校で教育を受ける機会があるが、それ以外の人間はどこでリテラシー教育を受けるのか?という問題もある。

さらに言うなら、リテラシー教育や「ナッジ」のような心理的対策には、パターナリスティックな側面がつきまとう。個々人の考え方・行動の変容を目的とするのだから、「介入」の様相を呈してしまうことはあるだろうし、へたをすると「洗脳」に近いものになることさえ考えられる。それはリテラシー教育に限らず、「教育」につきものの負の側面ではある。

偽・誤情報を生む土壌を改良せよ

ファクトチェックよりもリテラシー教育よりも先にするべきは、なぜ偽情報・誤情報が生まれるのか?という原因や背景を探ることである。社会的背景と心理的要因の他に、経済的な要因、政治や地政学的な要素なども考え合わせなければならない。偽・誤情報が生じる土壌は広くて深い。

私は大手マスコミにねつ造報道されて以来、繰り返し指摘しているが、テレビや新聞など既存メディアの誤報・虚報のたぐいですら、まともに検証されていない。当事者であるメディアはもちろん、研究者(メディア業界出身者が多い)も、このテーマを正面切って取り上げることは少ない。なぜ誤報・虚報が生じるのか、原因を徹底究明してほしい。それをやってようやくメディアは「信頼できる情報源」として、ネットの世界に受け入れられるのである。

ファクトチェック団体は、ネット上の情報をファクトチェックするのなら、既存メディアがネットで発信している情報を積極的に取り上げてほしい。いわゆる「有識者会議」はマスメディアを優遇しようとするあまり、筋の通らないことばかり主張する。伝統メディアは原稿チェックやBPOなどの「自浄メカニズム」があるからファクトチェックは不要だとか、報道の自由に立ち入ることになるので規制の対象からは外すとか、そんなことを言っても社会的コンセンサスが得られるわけがないのだ。

そういう方針に忠実に従い、マスメディアを対象外としているファクトチェック団体もあるが、リトマスは公人やマスメディアをファクトチェック対象とすることを明言し、実践している。今後もその姿勢を貫いてほしい。

政府との関係

政府が介入を強めることには、リトマス編集長の大谷氏にも警戒感があるようだ。政府に都合のいい情報ばかり流れるディストピアにならないよう、バランスに気を付けてやっていきたいと語っている。大手プラットフォーム事業者との連携も、その一環であるという。

政府から言われないためにも、民間の方できちんと努力していて十分やれてますから、べつに政府が口出ししなくて大丈夫ですと言えるようにする、というのが必要かなと思っています。

同上。強調筆者

国家からの介入を阻止したいというのは、ファクトチェック団体よりもむしろ、プラットフォーム事業者がより強く望んでいることだろう(注2)。規制強化がされれば、経済的利益も社会的影響力も減退してしまう。それを回避するために、プラットフォーム事業者は自主規制をするのである(ユーザーのためではない)。

政府がやたらとプラットフォーム事業者とファクトチェック団体を連携させようとするのは、その方が都合がいいからだ。偽・誤情報をどうにかしなさい、自分でできないならファクトチェック団体を使いなさい、という方針をとっている。事実、プラットフォーム事業者側からも、自分たちだけでは対処しきれないという意見が総務省のヒアリングの場で出されており、だったらファクトチェック団体と連携を強めて対処するように、という方針が固まったという経緯がある。

ファクトチェック団体は中立性が身上であるから、資金提供その他の支援を受けている場合でさえ、政府にもプラットフォーム事業者にも肩入れしないことになっている。その中立性を、方便として、あるいは緩衝地帯として利用されていると見ることもできなくはない。二つの権力主体の間で板挟み状態になり、バランスをとるのに苦労する場面もあるのではないか。

リトマスがMetaとの提携でどのように変わっていくのか、あるいは変わらずにいられるのか、今後が気になるところである。


(※注1)大谷氏のこの話を聞いて、BPO放送倫理検証委員会設置の経緯を思い出した。政府の介入が強まりそうになったとき、放送界が自主自律を掲げて大慌てで作ったのが、この委員会だった。

(※注2)情報の「内容」には立ち入らない、「流通の仕方」を問うているのだ、という詭弁によって、国は表現の自由への侵害を覆い隠そうとする。ちなみに総務省で現在開催されている有識者会議の名称は、「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」である。


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