距離感
距離感
今回は、今いる宇野で起きた、名古屋では恐らく経験しなかったであろう出来事をいくつか紹介していきます。
その中でも主に、この距離感いいなぁと思える事をピックアップします。
ソーシャルディスタンスだとかキープディスタンスとか叫ばれる中、ちょっぴり密なさらさらした関係の心地良さを再確認しました。
ソーシャルディスタンス(社会的距離)は近く、フィジカルディスタンス(身体的距離)はしっかりと取っていきたいものですね。
果物
「実験的食生活」にも書いたが、ここで暮らし始めてから果物を毎日食べるようになった。近くのスーパーで果物がお値打ちに購入できるからである。
しかし、その事をお店の常連のある方に話すと
「果物なんて買うもんじゃねぇ。その辺のおばさんからもらうもんじゃ」
「その辺のおばさんに声かければなんぼでも貰えるわ」
などと言われた。一体それはどういう仕組みなのか。
ただ、周りの人もわざわざ果物を買わないという点ではわりと同意している様だった。
いやいや、僕はこの土地に来たばかりだし、その辺のおばさんと話したりもしなければ、何か物をもらうなんて尚更無いですよ。と思いながらも、もしかしたら本当にそうなのかも、と否定はせずに話を聞いていた。
また別の日、別のお客さんにこの話を聞いてみた。これって本当にそういうものですか?と。
すると、さも当然の様な感じで買わないよ、貰うもんでしょ。と言われた。
すると段々こちらも「あ、そりゃそうですよね」という気持ちにもなってくる。
鎮痛剤
少しうとうとしながら読書をしていた夕方、突然玄関で扉をノックする音が聞こえた。
それも軽いノックではなく、結構強く、鈍めの音で、何回も。
ドンドンドンドンドンドンドンドン
ノックの回数は相場で三回と決まっていると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
しかも、ドアのノックだけではなくインターホンも押してきた。
それも一回ではなく、結構早く、何回も。
ピンポピンポピンポピンポーーン
インターホンの回数は相場で一回と決まっていると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
それに加えて年配の女性っぽい「すいませーん」という声も聞こえてきた。
この声が聞こえなかったら闇金の取り立てか何かその類の来客だと思っていただろう。
部屋を出ると玄関のすぐそばに、声から推測できた通り年配の女性がいた。
恐らく70代から80代の女性で、髪は少し黄色がかった白色で、ぼさぼさしている。
「こんばんは、どうしました?」
「痛み止めの薬もっとらんかね」
「どこか痛むんですか?」
「歯がいとーてねー。明日歯医者行くんじゃけど」
「あー、ごめんなさい。今持ち合わせてないです」
そう言うとその女性は無言で素早く立ち去っていった。
実は、この時僕は鎮痛剤を持っていた。
しかし、元ドラッグストア店員として持病があるか、他に服薬中の薬があるのか等も気になった上に、歯が痛くて一日で死ぬ事はないだろうからと思い鎮痛剤を渡す事によるリスクを避けたのだ。
本当は助けてあげたいけど、その差し伸べた手によって事態が悪化することがあるのを知っているからだ。
そこまで説明してあげたかったのだが、あまりにも去るのが早すぎたため声をかける事ができなかった。
そのあと部屋に戻って読書をしながら、あの女性の「鎮痛剤ツアー」は無事に成功したのだろうかと思いを馳せた。
それと同時に、僕が知らないだけで果物だけではなく、鎮痛剤も買うものではなく、その辺の人から頂くものなのだろうかと考えた。
散歩
住んでいるところから小高い丘の上に鳥居が見える。
ここに来てからずっとその鳥居までの行き方が気になっていた。
ある日、朝散歩に出た時にその鳥居に行こうと勘を頼りに歩いていった。
その途中散歩中であろう60代くらいの女性二人組とすれ違い、お互いにおはようございますとだけ挨拶を交わした。
実際に向かってみると偶然なのか自分の勘が良かったのか、ものの10分ほどで行くことができた。
そこからの見晴らしはなかなか綺麗で、鳥居の奥にある建物にはお稲荷様が祀られていた。
しばらく、そこでお稲荷様を拝んだり景色を眺めて過ごしてから来た道を戻った。
すると、先程すれ違った二人組が僕が住んでいる宿のすぐ近くにおり、声をかけられた。
その二人組も丘の上に見える鳥居が気になっていたらしく、行き方を知らないかと尋ねられた。
今行ったばかりで道も覚えているので一緒に行きましょうかと言うと、そんなの悪いから道の説明だけでいいよと言われた。
だがそこまでの道順は普通の民家を通っていくため、目印みたいなものもなく、口頭だけで何本目を左とか説明できるほど詳しくもないので、一緒に行くことにした。
鳥居の所への道中、お二人がどのあたりに住んでいて、二人でよくウォーキングしているとか、お孫さんの話とかを聞きながら向かった。
目的地に着くと二人は祀られているお稲荷様を拝んでから、僕としばらく景色を眺めながら世間話をしていた。
すると、そのうちの一人が背負っていた小さめのリュックをごそごそしだした。
「お礼にもならんけど、これ良かったら食べて」
といくつかみかんが入ったビニール袋を渡してきた。
こ、これは!
俗に言う「近所のおばさんからもらう果物」ではないか!
みかんでそんなに喜ぶかねという顔をされながらも、満面の笑みでありがたくみかんを受け取り、帰路についた。
こういう距離感、嫌いじゃないです。