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本当の名前

一軒目

ご厚意で泊めていただくことになったビルへ戻ろうと商店街を歩き始めた。一瞬「しまった」と思った。というのも、場所をGoogleマップなどで登録しておかなかったからだ。

最悪連絡すればわかると思ったが、すぐにその選択肢は自分の中から消した。これからの旅に備えて記憶力を鍛えなければと思った。

数時間前の記憶を頼りに歩いていると難なく着き、部屋に戻った。色々な事があったな、と一息つきながら夕飯をどうしようかと考えていると部屋のチャイムが鳴った。
扉を開けると筒井さんカップルが立っていた。

「ご飯もう済ませました?よかったら一緒にお話でもしながらいかがですか?」

もちろんこの提案を断るわけもなく、喜んでお二人の部屋へお邪魔した。
そこでゆっくり話をして、将来自分が私設図書館をしたいと思っている事や、その為の物件を探している事を話した。

物件の条件などに関して聞かれたため、スマホにメモしてあった理想の物件条件を伝えると、婚約者の男性(通称:ましょ)が改まった様子で僕の前に座った。

「実は手放そうと思っている古民家があるんだけど、いる?」

そこからその物件に関する話を詳しく聞き、ちょうどましょが来週部屋の片づけに行くのでそのタイミングで物件を見に行くことになった。
岡山を出てからは物件探しも兼ねた旅をしていた。

実に、岡山を出てから3日目に見つかった1軒目の候補である。

穴を掘る

物件の話も終わり、ましょに数学の歴史や興味深い話(ましょは数学オタク)をきかせてもらったり、お昼に見ていなかったビルの他の部屋を案内してもらったりした。

「ちなみに、明日苗木掘りに行くんだけど予定ある?」

知人の為にましょがお手伝いしに行くという事だった。
なんだか楽しそうな匂いがしたので行きたいと即答。時間の打ち合わせなどをし、翌朝に備えて寝床についた。

翌朝、ましょの知人が車で迎えに来てくれた。自己紹介などをしながら目的地へ向かった。
向かった先は愛媛県と徳島県の県境に近い香川県観音寺市。

到着すると田中さんという70歳過ぎの男性がお出迎え。
早速作業を開始するべく、長靴やら麦わら帽子やらスコップなどを借りた。

苗木と言っても自分の背丈ほどある高さのものをいくつか掘り出した。
途中で畑にある野菜やらフルーツで小腹を満たしながら黙々と穴を掘り続けた。

お昼時となり皆で休憩をとる事になった。
お昼ご飯にはマヨネーズで和えたサラダを食パンの上に載せ、畑に生えていた菜の花を摘んで雑に飾り付けしたものを食べた。これが何とも美味かった。

ご飯を食べてから作業を再開し、苗木を掘り起こすだけでなく、野菜をこれでもかというくらい収穫していった。
収穫したものを軽のミニバンに詰め込んでいくとどうだろう。後部座席には人が乗るスペースは無くなり、どちみち高松に戻るつもりはなかった僕は最寄りの駅まで歩いて行くことになった。

それを知った田中さんが駅まで送ってくれるということになり、途中で喫茶店でコーヒーでも飲もうかと言ってお店に寄った。

散策

田中さんは薬草など生薬、漢方などに詳しく、畑で作業をしている時から度々そういう話をしていた。元ドラッグストア店員で漢方好きの僕はそのたび話に喰いついていた。

喫茶店でも東洋医学などの話で盛り上がっていた中、田中さんに訊かれた。
「そういえば、今日あんたどこに泊まるん?」
「まだ決めてないです」
「ほな、うち泊まるか?」

もちろん、一度は遠慮の文句は言いますが、そこから更に被せてきたら断るのも逆に悪いと思い、泊めていただくことに。

そうと決まればと、田中さんが近所を案内してくれるというので、陽が落ちる前にと喫茶店を飛び出した。

軽トラを走らせ山へ向かっていく。山道を走りながら「あれは○○で××して使うと△△に効く」と、実に様々な種類の植物を教えてもらいながら進んでいく。

たまに車を路肩に停め、実際に少しだけちぎったりして匂いをかいだり、噛んでみたりしながら教えてもらう。

そんなことをしながら古くに作られたダムを見に行き

四国霊場の一か所に行っては「あの水瓶ええなぁ。くれんかなぁ。」とつぶやきながら住職さんを探した。結局会えずに諦めて帰りましたが。笑

魔法使い

帰り道の途中でうどん屋さんに寄って空腹を満たし、田中さん家に到着。
家に着いてからも話は弾んだ。生薬や東洋医学の話からどんどん話は広がっていき、歴史、政治、哲学、科学、自然、宇宙の話など深夜の2時まで語り合った。

色んな事に精通している田中さんと話して、ゲド戦記に出てくる魔法使いを思い出した。あの小説に出てくる魔法使いは様々な物の「本当の名前」を知っている。これはその物に関する知識が深いという意味だろう。

その点でいくと田中さんはいろんな分野の知識が深く、魔法使いだと思った。実際に昔の魔法使いとはそういう人たちのことだったかもしれない。
「田中さんって昔で言うところの魔法使いですよね!」とも言った。

そして、田中さんの素晴らしい所はまだある。
これだけ多くの物事を知っていても全く偉そうじゃない。いや、これだけ多くの物事を知っているからこそ、なんだろうけど。

色んな事を教えてくれる最後によくつけるフレーズが
「ま、こういうのもあります(こんな知識、情報、見方、考え方もあります、の意味)」で決めつけた言い方なんかは使わない。

更に、多くの人間がそうだと思うが、歳を重ねるにつれて経験が豊富になる。経験が豊富になると相手の話し出しを少し聞くと大体の話の予想がついてしまう。

そうなった時相槌のつもりもあるとは思うが、それってこういう事でしょ?とか遮ってしまう事が多くなっていく傾向にあると思う。
しかし、この魔法使いは違う。

僕みたいな若造の考えや、自分の知っている精一杯の情報(知識というのもおこがましいので「情報」と書きました)等を話している時にも、じっと目を見て「うんうん」と言いながら頷いて最後まで話を聞いてくれる。

あぁ、こんな歳の重ね方をしたいなぁ。

と心から思い、身を引き締めるような気持ちになった、自分の人生にとってとても大きな出会いでした。

つづく

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