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溢るる想いと梅酎ハイ
ほんとはだめなのはわかってる。
それでも、その人の
優しさ、色気、何より筆舌尽くし難い
謎の雰囲気に魅せられた。
我慢ができなかったのである。
スーツを着て背が高くて色っぽいなんて
私のフェチそのままではないか。
サラリーマンとは無縁の生活をしてる私が出会ったのはSNSだ。
裏垢界隈なるものが流行り、気づけば周りはみんなフォロワー同士で、普段から下ネタが飛び交うタイムラインとなった。
何きっかけでフォローしたかなんて全く覚えていない。なんとなく惹かれた。人間的直感。それが答えだ。
他のフォロワーと同じように、タイムライン上で絡んだりしては盛り上がった。
すると界隈の中でも関東圏の人間は飲みに行ったりしてると教えてくれた。
人生経験として、引きこもり生活が長い私の何かが疼いて、彼をご飯へ誘った。
優しい彼は了承してくれた。
待ち合わせ場所にやってきた彼は想像以上のハンサムだった。
年齢的にイケメンというよりはハンサムだ。
かっこいい男性慣れしてない私はきっと挙動不審だっただろう。
リクエストしていたお肉の食べれるお店へ連れてってくれた。
ハンサムとお肉、最高の極みである。
裏垢界隈では新参者だった私は色々な話を聞いた。
けどお酒のせいか緊張のせいかあまり覚えてはいない。
美味しいご飯も食べ終わり。
足はホテルへ向いていた。
彼には奥さんも子供もいる。それはご飯を食べながら聞いた。それまでSNSのやり取りだけでは年齢も何もかも知らず、ずっと独身だと思っていたが、当然いい歳でハンサムとなれば、誰かのものであって当然だろう。
暗い夜道、そっと車道側を歩いてくれる優しさ。
そんなことスマートにされたことがなくて思わずときめいた。
自分にだけに向けられた優しさが、このまま続けばいいのにと思った。
気づけば右手は握られていた。所謂恋人繋ぎだ。こんな風に手を繋いだの、いつぶりだろう。
1人だけ浮かれているのだろうか、胸の高鳴りが聞こえてしまうのではないかと心中穏やかではなかった。
お洒落なデザイナーズホテルに入った。
広すぎない狭さが二人を密着させるにはちょうどいい。
途中コンビニで買った缶チューハイを開けて二度目の乾杯をした。
お酒には強い方で酔ったりはしないけれど、酔ってしまいたいと思った。
これから起こるであろう行為を全て理性をなくしてお酒のせいにしてしまいたいと思った。
でもやっぱりそれはそれで惜しすぎる、とゴリゴリの理性が肩を叩いた。
やっぱり酔ってはいなかった。
ほぼシラフと変わらない。
彼も特段酔ってる様子はなかった。
彼は梅酎ハイを飲んでいた。
飲んだことがない私は「美味しいの?それ」と問いかけた。
「そうだねぇ」特別美味しいという答えは返ってこなかった気がする。
そして彼は一口梅酎ハイを口に含んだかと思うとおもむろに私に口付けをしてきた。
口内に収まり切らなかった梅酎ハイが唇の端からこぼれ落ちていくのがわかった。
されたことのない行為に乙女のような恥じらいとトキメキと今までにない背徳感を感じた。
そんなこと生まれてこの方されたことがない。
こんなにもキュンキュンと乙女心をくすぐるものなのかと。
しれっとそんなことをしてくる彼は、遊び慣れているのか、と心のどこかで思った。
でも自分だって遊ばれてる身だ。何人目かもわからない。嫉妬もやきもちも見苦しい。
むしろこのときめきを忘れずに生きていきたいと思った。
そんなことをしてくれる将来の王子様を、そっと夢に描いた。
きっと唇を離された私の顔は真っ赤だったろう。酔ってもいないのに。
そんな私の頭をポンポンと優しく撫でる。
どこまでもスマートで紳士的だった。
急に我に返った。私は今から世間が言う不倫をするのか。でもワンナイトだ。うん。こんな男性に誘われる魅力、私にもあったのかな。彼はどんな気持ちだろう。
「お風呂入ってあげられなくてごめんね」
匂いでバレてしまうから、既婚者のお風呂は厳禁である。
ここのお風呂はガラス張りで、スイッチひとつで曇りガラスになるとてもえっちなお風呂だった。
ちょっと体験してみたかっただけに残念で仕方がなかった。
「仕方ないよ」
そんな返事をして、また適当にキスをした。
生えたヒゲがチクチクと当たる。
それがまた心地よく、なんだかいやらしく。
背徳感を増していく。
彼の首の後ろに手を回し、彼も私の頭を撫でる。
どんどんと背徳感が増す。
彼は奥さんとは子供ができてからセックスレスと言っていた。
そういう家庭が多いことはよく聞く。
ならばセックスしてしまおう
私の悪魔が囁いた。もう今更誰も止めることなど出来ない。
きっと彼はこんな感じで他の女の子も手懐けて抱いているのかもしれない。
それでもいい。今がドキドキ出来たらとりあえずそれでいい。そう思って恥じらいながらも服を脱いだ。
見慣れない脱がれるスーツにドキドキした。
こんなにもスーツがえっちだなんて。
これは私の完全なるフェチシズムである。
いつか出来る恋人はスーツだったらいいなぁと、ぼんやりとした頭で思った。
さっきより深いキスをした。
気持ち良くなりたくて気持ち良くしたくて。
壊れてしまいたくて。めちゃくちゃに。
何度も何度も。重ねた唇。
キスとはこんなにも気持ちのいいものなのだ。
クセになりそうだ。
彼と一つになれたとき、ふと天使が囁いた。
「本当にこれでいいの?」
でももう今更である。
ここまできてどうしろと?
あとはもう絶頂を迎えるだけである。
今の私に怖いものなどなかった。
柄にもなく恥ずかしくて彼の顔が見れない私の指に、彼は指を絡めてきた。また恋人繋ぎだ。
最中に恋人繋ぎだなんて、元彼にさえされたことなどなかった。(ロクな男と付き合ってこなかったのもあるが。)
鼓動が加速していくのがわかった。
今だけでも、彼の脳内が私だけになればいいのにと思った。
少なからず、今この瞬間は奥さんから彼を私は横取りしている。
その優越が心地よくて、我ながらびっくりした。私にもそんな感情があるなんて。
そしてその背徳感がたまらなく気持ちよかった。
甘くて苦い蜜の味がした。
彼の終電があるため、あまりのんびりも出来ず帰り支度をした。
名残惜しいのはあいにく私だけだ。
そんなの勿論わかっている。
帰れば彼には妻と子供が待っている。
私には何もない。
ホテルを出て駅へ向かう道中、また彼は手を握ってくれた。
こんな関係なのに手を握ってくれる優しさに、女子は惹かれるのだろう。
そして誰かのものだからこそ魅力的に見える。
人のものは、美味しそうに見えるものなのです。
「ばいばい、ありがとう。また絡んでね」
連絡先は知らない。LINEも、メールも電話番号も。知ってるのはSNSのDMだけだ。
お互い電車に乗って家へ帰る。
SNSのタイムラインへと帰る。
何事もなかったかのように。
何か面白い投稿があれば、コメントする。
そんな日常へ戻る。
彼の本名は知らない。
彼も私の本名は知らない。
だからご飯食べてる時はハンドルネームで呼ぶ。
けれど流石にセックスの最中は名前なんて呼ばない。呼ぶ必要もない。ただ快楽に身を委ねるだけだ。
もし本名を知っていて呼んでいたら、呼ばれていたら、好きから逃れなれなくなっていただろう。
この距離が、フォロワーと一晩過ごすのにはちょうどいいのだろう。
なんてことない日常。
あれから何年経っただろうか。
彼は何をしてるだろう。
お互いアカウントは転生し、しかしお互いを認識したため相互フォローになった。けれど昔ほどのやりとりはない。
他の女性にはコメントし、いいねしてる姿を見かけると不意に嫉妬してしまう自分がいた。なんとも見苦しい。
きっともう彼は私に会うことはないだろう。
寂しいけれど。
それが現実であり、時間がそうさせた。
あのときより、上手くなったテクニック、感じて欲しいと思っても。残念だけれど。
当時は今ほど世間も不倫や浮気で大騒ぎしてない頃だった。
だが今は連日のように芸能人の不倫のニュースがワイドショーを賑わせている。
不倫は家庭を壊すし人々を不幸にする。
その覚悟もないのに不倫なんてしてはいけない、と誰かが言っていた。
あのときの人のものを奪う背徳感の快感は忘れられないけれど、その代償が大きいものなのも知っている。友人が身をもって体験してきた。その話はまたいつか。
だからもう既婚者と関係を結ぶことはないだろう。
遊び方がスマートで優しくて、相手を傷つけることは絶対しない素敵な人だった。
私もいい女になりたい。
忘れられないような。
今までで最高だったって言われるような。
また会いたいって言われるような。