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800字の短編小説『旗当番』

 K商店街の西口は人通りも車の交通量も多く、そのうえ信号なんてお構いなしに自転車がぴゅんぴゅん行き交う鬼の交差点があり、あろうことか、ここが小学校の通学路に指定されているものだから小学生の子をもつ親としては心配でならないのだけど、そういう親たちの思いを汲み取ってか、鬼の交差点は昔から保護者が持ち回りで旗当番をすることになっており、月に一度ほど、当番が回ってくることになっているのだけど、この四月からまだ僕には一度も当番が回ってきていない。
 四月に入ってから、人懐っこい、子供受けのする溌剌としたおじさんが毎日旗当番をしてくれるようになったから、あのおじさんがいるんだったら、と、僕は旗当番をするのをやめたんだけど、ちょうど鬼の交差点は僕の通勤路でもあるから確認してみると、おじさんは毎朝毎朝旗当番をしているから、どの家庭でも、あのおじさんがいるんだったらわざわざ旗当番をする必要はないだろう、という脳内言い訳をかまして旗当番をやめているらしい。
 子供たちからも「旗当番のおじさん」として認知されており、適度な距離を保ちながら子供たちを見守るおじさんは、子供からも親しまれ、前々から忙しいというのに月一で回ってくる旗当番のことを内心面倒だと思っていた親たちにとっても実にありがたい存在だ。
 僕が横断歩道を渡るときにも、いつもにこやかに「いってらっしゃい」と声を掛けてくれるし、いつも殺伐としている鬼の交差点が、おじさんのおかげで幾分、和やかになっているような気もする。無茶な運転をする自転車も減ったし、殺気だったクラクションの音も聞かなくなった。すべてこの春以降のことだから、おじさんの天才的手腕によるところであるのは間違いない。
 ただ、一つ懸念があるとすれば保護者会の誰一人としてあのおじさんが誰なのか知らないことであり、おじさんを不審者として通報するかどうかが今夜の保護者会の議題である。

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