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1人目の客になれた話 世界報道写真展

 趣味はオープンした店の1人目の客になることです。
 最近はお店に限らず、1人目になることが目的になっております。選挙では毎回、その投票所の1人目の投票者として投票箱の中が空であることを確認しております。

 職場のコピー機が変わったときは一番最初にコピーをしましたし、職場の自動販売機が変わったときも一番最初に缶コーヒーを買いました。
 この理屈でいくなら、ほかの飲料についても、この自動販売機で一番最初にコカコーラを買ったのは私です、ファンタグレープは私です、スプライトは・・・
 資金さえあればいくらでも1人目になることができます。

 しかし私には資金が足りません。
 そんな私にとって大変ありがたいのが入場無料で開催される展覧会などです。資金不足に悩まされることがありません。

 しかもその展覧会が私の関心を惹く内容であったなら、それはもう、1人目の客でなくとも行きたくなります。
 
 今年、私のこの趣味について紙幅を割いて応援してくださった京都新聞の本社の地下1階印刷工場跡で今日から「世界報道写真展」が開かれます。

 京都新聞と世界報道写真財団で作る世界報道写真展実行委員会が主催する展覧会で、今年京都新聞に掲載された写真シリーズがコンテストに入賞したことが京都新聞本社にて開催されるきっかけとなったらしいです。日本での開催は3年ぶりだということです。

 世界報道写真展は世界で最も権威ある写真コンテストの一つで、今年は130の国や地域から約6万点もの応募がありました。
 六つの地域ごとに四つの部門で地域の優勝合計24点が決まり、各部門のグローバル優勝も選ばれます。

 京都展では、全体の大賞にあたる「今年の写真」を受賞した、ロイター通信のモハメド・サレム記者が撮影した「めいの遺体を抱きしめるパレスチナ人女性」、オープンフォーマット部門のアジア地域優勝者となった京都新聞の松村和彦記者の「心の糸」などの受賞作を含む計32点が展示されるということです。

 ロイター通信のモハメド・サレム記者も、まさかこの写真展で大賞をとるために写真を撮ったわけではないでしょうし、このような痛ましい出来事の主役となってしまった一人の女性の写真が大賞となってしまうこの世の中に心の底から絶望してしまいますが、しかし、この絶望的世界が現実のものとしてあり、遠い異国の地で安穏と暮らす私たちが直視しなければならない現状であるからこそ、この写真が大賞に選ばれたのでありましょう。
 こんな写真が「今年の写真」になってしまう世界なんてクソくらえ、という思いを抱きながら鑑賞したいと思います。

 そんな文章を書いているのがオープン30分前の京都新聞本社入口。ここは入口が二箇所にあるので、どちらから入ればよいのか悩むのですが、世界報道写真展の立て看板が立ってあるほうで間違いはあるまい。
 まだ格子状のシャッターが下されています。

 その格子状のシャッターの奥に置かれた世界報道写真展の立て看板が置かれており、それと向かい合うように私一人、待機しておりますと、烏丸通りを北側からご婦人が歩いてこられ、中の様子をうかがっていらっしゃる。

「世界報道写真展に並んではりますか」
「はい、そうなんです」
「10時からでしたよね」
「そうですね、あと30分くらいあります」
「じゃあ、私は近くでお茶でもしてきます。どこか近くにカフェはありますか」
「たぶん、なんなりとあるとは思うんですけどね。確か夷川通りを東に入ったら何軒か、あったように思うんですけど」
「わかりました、ありがとうございます」
「すごく曖昧な情報なので間違っていたらごめんなさい」

 過払い金のCMの「曖昧でもけっこうです、間違っていても構いません」という台詞を思い出しながら、にこやかに微笑みかけるご婦人を見送りました。
 せっかく京都に住んでいるのだから、こういうときに即座におすすめのカフェを提示できる人でありたいものです。

 烏丸通りに等間隔で植えられているのは何という木でしょうか。冷たい風に吹かれ、乾いた葉っぱがザワザワ音を立てています。
 先週、髪を剃ったばかりなので頭が冷えます。これを打ち込んでいる手もかじかんでおります。
 滋賀県湖北の故郷に住んでいた頃は、冷気にさらされ動かなくなった手のことを「手が死んだ」と言っていました。いま、私の手は瀕死です。しかし、「めいの遺体を抱きしめるパレスチナ人女性」を鑑賞する前にそんな喩え方をしてしまってはいけないのではないかと思う。

 ゲリラ豪雨とか、飯テロとか、爆発的ヒットとか、機関銃みたいに喋るとか、そういう表現を耳にするたび、私の心は冷たい風に吹かれた乾いた葉っぱみたいな音を立てます。

 さきほどカフェへ行ったご婦人が戻ってきたのがオープン15分前。
「カフェ、無かったわ」と微笑まれ、私は申し訳ない気持ちになる。しかし、そのことに本気で怒るということはなく、ご婦人が微笑みかけてくださった、私はこのときのご婦人の笑顔を切り取ったような写真が「今年の写真」に選ばれるような、そんな世界に生きたいと思う。

 令和6年11月30日、午前10時スタートの世界報道写真展の1人目の客は私です。
 会期は12月29日までです。

写真撮影オッケーなのもありがたい



 ※

 ここまでを私は展示を観るまでに書きました。展示は非常に素晴らしいものでした。
 パレスチナやウクライナの問題はニュースでよく目にしますが、日本ではほとんど報道されることのない国や地域の人権や気候に関する問題について雄弁に語りかける写真とそれに付随する解説文、さらにその写真が語りかける内容について京都新聞がどのように記事を掲載していたか、までわかる展示の仕方がなされており、この大ボリュームの情報に無料で会期中なら何度でも触れることができるのは、実に意義深いことであると思います。
 世界で起こっている出来事について知れば、自分の浅はかさ、小ささを実感し、謙虚に生きねばならないと思うし、これからをどう生きるべきか、自分のなかに無意識のうちに偏見や差別は存在していないか、未来を生きる子供たちの住みよい地球であり続けるために何かできることはあるのか、このくそみたいな人生でも考えないといけないことが山ほどあって、それを見ないようにして生きていたら私の人生は本当にくそになってしまいそうだ。

「めいの遺体を抱きしめるパレスチナ人女性」を眺めていたら涙がこぼれ、しばらく頬をつたいつづけました。

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趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。この趣味について綴った私の著書『1人目の客』や1人目の客Tシャツ、京都情報発信ZINE「京都のき」はウェブショップ「暇書房」にてお買い求めいただけます。

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