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短編小説『いとしのレイラ』
ずっと一人の年越しだったけど今年はちがう。今年の春からお付き合いすることになったレイラが一緒にいてくれることになった。
いま僕たちは、同じ炬燵にLの字になって入っている。テレビを正面にして、レイラがLの縦サイド、僕が横サイドに座っている。
隣にレイラがいるのにおまえはこんな文章を書いているのか、と怒られるかもしれないけど、もちろん僕は大晦日の夜にレイラの隣でこれを書いているのではなくて、後日、その夜の出来事を現在進行形で書いている体をとってこれを書いているにすぎない。
レイラのお父さんはエリック・クラプトンが大好きで、デレクアンドドミノスの「いとしのレイラ」にあやかって娘にレイラという名前を付けた。お父さんの世界観に敬意を表して、この場ではレイラのことを片仮名表記にしている。
僕はサザンオールスターズ が大好きだから、桑田さんの敬愛するクラプトンのことも好きだ。最近の桑田さんの風貌はクラプトンを意識しているように思う。
肝心のレイラはクラプトンのことをよく知らないらしいけど、チェンジ・ザ・ワールドは知っていると言っていた。
僕は洋楽を歌詞を気にして聴いたことがなく、それはノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの楽曲でさえそうで、ディランの曲だって別に歌詞がわからなくても曲はカッコいいって思ってるし、いちばん大好きなサブタレニアン・ホームシック・ブルースだってそう。メロディーと意味はわからないけど符割り、あとはやっぱりなんといっても歌い方と声がたまらなく好きなんだ。
そんな僕だからチェンジ・ザ・ワールドも、いとしのレイラだって実際にどんなことを歌っているのかは知らないけど、今年、僕はレイラと恋人同士になったことでチェンジ・ザ・ワールドしたし、いま隣にいるのは紛れもなく「いとしのレイラ」だ。あの曲のイントロのギターみたいに切羽詰まったドラマティックな恋愛ではないけど。
大晦日に僕のところになんか来て、実家に帰らなくてもいいのかと聞いてしまったら、ひょっとしたらそれもそうだね、と言ってレイラは帰省してしまうかもしれないけど、だからと言って、帰省よりどうして僕と一緒にいることを優先させてくれたのか、尋ねないのも冷たい男のような気がしたから、一週間ほど前に、そう、クリスマスの夜に聞いてみたら、普段から実家で年越しをする習慣はないということだったから、思っていた答えではなく、がっかりした。
考えてみたら僕だって、一人の年越しは寂しいと思いながらも、大学で京都に引っ越してきてからというもの、実家で年を越したことはほとんどない。大学を卒業して以降、就職をせず、アルバイトの掛け持ちで生計を立てている僕のことを、父母はよく思っておらず、帰省するたびにねちねちねちねちそのことを攻撃されるのが面倒なのだ。別に父のことも母のことも嫌いではない。サザンを好きになったのも両親の影響だ。『さくら』というアルバムがリリースされた年に僕は生まれた。ただ、『さくら』の前の『ヤングラブ』がリリースされた年に生まれた二つ上の兄が静岡で英語教師をしているから余計に僕への当たりは強い。
僕の人生は僕の勝手にさせてほしい。
レイラも僕と似たような理由で帰省しないのかもしれないけど、クラプトン好きのお父さんや、裁縫が趣味のお母さんのことを話すときにレイラからそういう憂いを感じたことはないので、たいした理由はないのかもしれない。
別に正月だからといって家族で一緒に過ごす必要なんかないんじゃないかって、そうやって世の中の当たり前をいとも簡単に崩してしまう美しさがレイラにはあり、そういうところがたまらなく愛おしかったりもする。
そういうレイラであるくせに、今年はクリスマスも、そしていま、こうして大晦日も僕と一緒に過ごしてくれている。
炬燵の上には鏡餅を二つ置いて、片方のみかんにはレイラが僕の似顔絵を描き、もう片方は僕がレイラの似顔絵を描いている。どっちも下手くそで、レイラにも僕にも似ていないけど、二人でこれがレイラでこれが僕でって決めているからそれでいい。マッチでーすと言ってしまえばそれはどれだけ似ていなくても近藤真彦のモノマネなのだ。
僕の人生がいま、すごく僕の勝手に動いている気がする。
炬燵の中で繋いでいた手を離し、ベランダに缶ビールを取りに行く。冬場は冷蔵庫に入れなくても、ベランダに置いておけば冷えたままだ。
ベランダはレイラが座っているL字の縦サイドの対岸に位置しているから、窓を開ける僕はレイラに背を向ける格好になる。
昼間はこの時期にしては暖かく、自転車に乗るのに手袋が要らないくらいだったのに、夜風はやっぱり冷たい。部屋の中の温さと外の寒さの寒暖差が、そのままレイラのいる世界といない世界みたいだと思う。
前に一度、僕のどこが好きなのかって聞いたことがある。別に好きに理由なんかないっていって僕の眼をしばらく見つめてから優しくキスをしてきたレイラは、僕を強めに抱きしめたあと、スッと離れて微笑んで「女の子みたい」と言ったから、僕はそれ以来、レイラの前では女の子っぽくすることにした。具体的にどういう行為がそうなのかはわからない。けど、レイラが女の子みたいな僕を好むのであれば、僕は女の子みたいになりたかった。自分なりに「理由」を作りたかった。
そういうところが、レイラの言う「女の子みたい」なのかもしれない。
「あ、あけたよ」
缶ビールを手にして振り向くとレイラが言った。レイラと一緒にいることがそれだけで幸せだったから、年越しのことなんて忘れてしまっていた。こんなに特別な年越しなのに。
今年もよろしくといって僕らは唇を重ねた。ワンダフル・トゥナイト、君はいとしのレイラ。
振り向けば君が年越すとこだった