1人目の客になれなかった話
趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。思い返せば2014年、中華のハマムラが府庁前に移転オープンした、その1人目の客になったのが最初でした。
以後、しばらくブランクがあり、あれは何年前だったか、小泉さんという先輩に「開店閉店ドットコム」というウェブサイトを教えてもらい、ここで開店情報をチェックすれば1人目の客になれるやないか、と気づいてから、本格的にこの趣味は走りはじめました。コロナ前のことですから、少なくとも四年以上は経っております。
さて。
令和6年、もちろん今年も1人目の客になり続けるつもりでおります。千本三条交差点から四条大宮へ、斜めに通る後院通り、朱雀第一小学校の斜向かい、昨年惜しまれつつ閉店した餃子の京珉のすぐ隣あたりに唐揚げのお店がオープンするのです。
看板に11時30分オープンと書いてありましたので、11時には到着しておこうと予定していたのですが、こんなときに限って職場のある商業施設が全館トイレ閉鎖中、隣のビルで用を足さねばならぬという事態。職場は8階にあり、エレベーターで下へ降りるわけなのですが、トイレへ行きたい人々の大移動のため、各フロアでエレベーターが止まってしまう。曹操軍に襲撃され、民を連れながら南へ逃げる劉備たちを思い出したことは言うまでもありません。
思いのほか、1階に降り立つまでに時間がかかり、そのうえ、隣のビルで用を足すのにも行列ができており、時間を食ってしまう。いくら食べても空腹を満たせないものをたらふく食ってしまい、急ぎ足で現地へ向かう。職場は四条烏丸にある。阪急大宮駅まで一駅電車で移動することも考えたのですが、日頃の運動不足と運命のイタズラってやつも考慮して、歩く走る歩く走るの繰り返し。
ふくらはぎが少しばかり悲鳴をあげる。あなた、これ以上ひどいことすると私、あなたから離れるわよ!と脅しをかけられ、肉離れは痛いから嫌だと思い、ゆっくり歩く。しかしこの間に誰かが先に並んでしまったら後悔先に立たずではないか。クララでなくともやはり立ちたい。離れるな離れるなとつぶやきながら斜めの後院通りを歩く。後院通りは「こういんどおり」。「Koin-Street」なんだけど、「K」を「C」にして「Coin-Street」にするとなんだか稼げるような気がする。そういえば明日は1月10日、十日えびす。京都のゑびす神社でも今日か昨日からえびす大祭やってるはずだから後で行こう。
到着。誰も並んでいない。
暖簾は掛けられていますが、しかし、なんとなくあと二十分で開店するっていう雰囲気がない。齢四十四にもなると、ある程度空気を察することくらいたやすい。おかしいと思いながらも店の前に立ち尽くす。「1人目の客」と書かれた例の赤いTシャツを着て立ち尽くす。
と、ガラガラと扉が開いてお店の人が出てきました。「どうされましたか」と尋ねられましたので、「11時30分オープンですよね、待たせてもらってもよいですか」の「待たせて」くらいのところで、「すみません、今日オープンなんですが、オープンからしばらくの間は夜だけなんです」との答え。そういうわけか。寒いのを多少我慢して前面に押し出された1人目の客Tシャツが泣いている。お店の方は、このTシャツのことを触れてくれさえしない。うなだれた私が「夜は何時オープンですか」と尋ねると、「5時です」とのこと。心なしか、なんとなく言いたくなさそうな雰囲気があり、その雰囲気の理由まではわからないのですが、「そうでしたかー、わかりました、ありがとうございます」と挨拶をして帰りました。夜もあまり来てほしくないのかもしれないし、そうではないのかもしれない。わかりませんが、お店の方にしてみたら、夕方オープンのつもりで動いているのに昼前からお店の前によく知らないおっさんが佇んでいたら警戒はしますよね。申し訳ないことをしてしまった。いずれにせよ、夕方5時は息子が学校から帰ってくる時間だから家にいないといけない。1人目の客にはなれないらしい。
仕方ないから職場へ戻ろうとしたら、後院通りの南側、かつて私が住んでいたこともある壬生団地、略して「ミブダン」。つまり、Official壬生団地ismに最近できたラーメン屋さんが目に留まり、前前から気になっていたので入ってみると、澄んでるような濃厚なような麺とスープがいい感じに絡まってくるような溶け合うような、1人目の客になれず、打ちひしがれていた私の心を十分にあたためてくれる素敵なラーメンでありました。食べ終えてから気づいたのですが、このラーメン屋さんの本日の1人目の客は私でした。