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短編小説『ファーエールムーブメント500』

 髪の毛が薄いのって、なんか、みすぼらしいっていうか、特に「散らかしてる」って感じの禿げ方は、見てるこっちも「かわいそう」って思っちゃうところ、あるんですよね。

 ラジオCMで女がひどいことを言っている。いまどきテレビで同じことを言ったら確実に炎上するだろう。コンプライアンスが叫ばれるようになり、テレビの表現が不自由になったおかげで「ラジオは気楽だ」という捉え方が間違った解釈で広がってしまったようだ。去年の春、お笑い芸人がコロナの影響で困窮した美人が風俗で働くようになると言ったのもラジオだった。ようやくラジオの気楽さについて、正しい解釈が広がるのではないかと考えていたが、実際には企業が打つCMでさえ、禿げはかわいそうだなどと言っている。

 そうなんですよ、あやかさん。僕も年々気になってきてるんですけどね。ビクビクして生きたくないじゃないですか?そこで!ご紹介するのがコチラ!ファーエールムーブメント500です!

 あやかとかいう女の暴言に男が乗っかる。どうして禿げにならないために男がずっとビクビクするのが前提なのだろうか。
 しかし禿げ側に問題があることも知っている。禿げは概ね、中途半端にプライドが高い。世の中の禿げはみっともないという風潮に抗って生きるほどのプライドは持ち合わせていないのだが、自分は禿げのことを気にするような小さな男ではないというアピールをしたいがために、聞いてもいないのに自分から「僕は髪が薄いというか、もう無いですから、失うものは何もありません。むしろすっきりして、ほら。ぺちっ!っていい音が鳴るでしょ。いまはマスクして大きな声も出せないから前を歩いてる知り合いにも声を掛けにくいじゃないですか。そういう時に、ほら。ぺちっ!って鳴らしたら向こうが振り向いてくれるわけですよ」などと話しかけてきて、果たして笑えばいいのか、笑ってはいけないのか。

 彼ら禿げの皆さんは、自分は禿げを気にするほどの小さい人間ではないということをアピールする代償として、さほど大きい人間ではないということも証明してしまい、その小ささと大きさの間の、隙間というには余りにも広い開けっ放しの禿山へ、あのラジオCMは、巧みにコマーシャルを嵌め込んでいるのだ。

 あやかと呼ばれていたのは澤田文香というラジオDJであった。正義を気取るつもりはないが、ラジオの気楽さを履き違えるんじゃないということを一言申し上げたくなり、澤田文香の喋る番組を聴くことにした。ラジオCMの台本は無論、澤田文香の考えたものではないにしても、あのような禿げを侮辱するCMについて、あなたは何を疑うこともなく読んだのですか?ということを番組宛にメッセージを送り、問い質してやりたかったのだ。

 エフエム局にありがちな番組ジングルが鳴り、アップテンポなBGMが走る。
 「時刻は11時を回りました。フライデー・ア・ゴーゴー!ぜ〜んぶア音のDJ澤田文香です!」
 
 さわだあやか。確かに全部ア音だな。なかなか面白いことを言う、と思ったので、ふと気になり、澤田文香を検索してみた。Wikipediaは無い程度か。宣材写真は悪くない。年齢や体全体のことも確かめたかったのだが、確認できる画像はなかった。

 お正月、いつもは元日に初詣するんですけど、人出のことも気にしながら、今年は5日に氏神様のところへ行ってきました。去年は変わらず1日に初詣してたのに、まさか今年、こんなことになるなんて思ってもみなかったというのは、ほんとに皆さんも同じ思いだと思うんですけど、それでも日常ってどんな状況であっても動いていくのは変わらないんだから、そうであるなら、せめてポジティブにいかなあかんなーって思ってるんです。

 あのラジオCMと同じ口調、明るいトーンが頭に来ないで胸に突き刺さってきた。こういうまっとうな話をする澤田文香を先に知りたかった。

 とにかく今、私たちにできることはって考えたら、何か特別なことじゃなくて。やるべきことをきちんとやって。人は人、私は私。比べてしまったらどんよりしてしまうこともありますもんね。自分なんてたかが知れてるっていう謙虚な気持ち?持っておくのが大事なんかなーって思ってます!

 【はじめまして。澤田文香さん、番組冒頭の澤田さんの言葉が胸を突き刺し、抉ってきました。澤田さんにとってなんでもない話だったと思いますが、人の心を震わせる言葉なんて、そんなものなのかもしれないですね。ありがとうございました。】

 匿名でなんの面白みもないメッセージを送ってしまった。たぶん読まれることもないだろうけど、それも別にどうでもいい。人は人、私は私。謙虚に生きよ。私はメモ帳に走り書きしていたフリーダイヤルに電話をかけた。

 「もしもし、ファーエールムーブメント500が欲しいのですが」
 

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