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短編小説『旧式の恋』

 校門を抜ける前にスマホを見る。まだ早い。あと二分で八時二十分、あの子がやってくる。あの子こと柏崎芳美は毎日必ず、八時二十分ジャストに校門を抜ける。僕がどうしてそれに気づいたかといえば、芳美のことが気になって仕方ないからで、いつも八時十分に校門前に到着して芳美が来るのを待っていたんだが、いつも待つ時間がほぼ、というか、全く同じなんじゃないかと気づいてからは二分前に校門に待機することにした。効率とは、こうして非効率を繰り返して紡ぎ出されるものなのだ。
 「おはよう!」と僕からぎこちなく右手をあげて挨拶してみるのだが、芳美は僕を一瞥し、さして関心を示さず、さりとて無視を決め込むわけでなく、目を反らし気味に軽く会釈をして去っていく。その去り方にいたるまでが、びっくりするくらい、いつも同じなのだが、僕はそのことで余計、芳美が愛おしくなってしまう。僕も芳美と同じで、決まったやり方でしか動けないというか、型通りの生き方しかできないというか、不慮の事態に対処することが極度に苦手で、毎日が淡々と平穏無事に過ぎゆくことばかり願っている。それなのに、芳美のこととなると、もう朝から僕は平穏無事ではいられず、むしろ、その芳美に対して平穏無事でいられない僕がデフォルト設定されてしまっており、毎朝必ず八時十八分に校門前に立ち、芳美の登校を待っている次第なのである。
 今は各家庭、裕福になったから僕みたいな旧式は廃棄処理され、周りは最新式の子ばかりだから、同じ旧式の芳美を見つけて恋心を抱いてしまうのは当然のことではないか。芳美、芳美、君は僕が君と同じ旧式だと気づいていないのかい。毎朝のあの態度は、気づいていないからなのかい、それとも気づいているからなのかい。僕がそうしたように、君のスイッチを少しばかり捻るだけで、君は僕を好きになるのに。苦しい。今夜にでも僕は、またスイッチを捻って元に戻ってしまいそうだ。

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