短編小説『ハイボール2缶と半額の刺身』
10月○日 月曜日
定時に会社へ行き、残業。会社を出たのは21時すぎだった。何をしていたかも思い出せない。何をしていたかを記録するのが日記なのに、オレは何を記せばいいのだろう。誰と話しをしたのかも、何を話したのかも、全く記憶にない。「記憶にございません」という政治家の常套句が実は真実なのではないかと思えてくる。ああ、しかし、宅配業者には文句を言ってやった。17時に来るよう言っておいたのに8分遅れてきたからだ。世の中の誰に対しても平等に分け与えられているのが時間なのに貴重なオレの8分をどうして宅配業者ごときを待つのに割かなければいけないのか。なぜかめちゃくちゃ怒っていたが、どうしておまえが怒るのか、オレには全く理解できない。帰りはフレスコに寄ってハイボール2缶と半額の刺身とを買って帰った。若い姉ちゃんがオレに聞いてきた「フレスコカードはお持ちですか」の声がやたらリフレインするだけの月曜日だ。
10月○日 火曜日
定時に会社へ行き、残業。会社を出たのは21時すぎだった。うん?昨日のページを開いてみたら導入がまったく同じだった。オレの人生には風が吹かないらしい。戦争反対の平和主義者なんだから理想郷に生きているともいえる。あっ、しかし今日は下請けの制作会社の涌井某が文句を言ってきたので完膚なきまでに論破してやった。何の言いがかりだったかな。ああ、そうだ「こんなチラシ1枚もらっただけでは原稿が書けません。何か他に情報はないのですか」などと喚いていた。自分が仕事をできないことを棚に上げてあろうことか、仕事を発注してやっているオレ様に意見してくるとはどういう神経をしているのだろうか。「だってそれがあなたの仕事でしょう」と言ったら呆然としていて間抜けだった。帰りはフレスコに寄ってハイボール2缶と半額の刺身とを買って帰った。若い姉ちゃんがオレに聞いてきた「フレスコカードはお持ちですか」の声がやたらリフレインするだけの火曜日だ。
10月○日 水曜日
定時に会社へ行き、21時まで無理やり会社にいるのは家に帰っても何も無いからだ。それに21時を過ぎないとフレスコの刺身は半額にならない。とりあえずパソコンに向かっていれば残業手当も出る。誰にも迷惑はかけていない。オレが会社に居ても居なくても会社は回るし、オレが居るか居ないか、上司はタイムカードでしか判断していない。そういえば宅配業者が今日も17時を過ぎても来ないから来たら仕事を舐めるんじゃないと言い聞かせてやろうと思ったが、17時10分過ぎに片平さんがにこやかに対応していた。あんなに心を殺してまで宅配業者に媚びる必要があるのだろうか。片平さんはオレとすれ違っても笑わない。下請けの制作会社の涌井某が山岡さんと話ししていた。「山岡さん、この案件なんですけど、もうちょっと何か資料ありませんかね?あればもう少し詳しく書けるんですが」「ああ、オッケー!あると思うし確認して連絡するわ、いつもありがとう!」かわいそうに下請けのつまらないこだわりのせいで山岡さんの仕事が増えた。下請けのくせに。「あの、山岡さん」声を掛けたが聞こえなかったらしく、山岡さんはこちらを見向きもせずに通り過ぎた。オレは本当に存在しているのだろうか。帰りはフレスコに寄ってハイボール2缶と半額の刺身とを買って帰った。若いお姉ちゃんがオレに聞いてきた。
「フレスコカードは無かったですよね」
「お、お、おー!そや!フレスコカードは無いわ!!!」
思ったより大きな声が出てしまい、若いお姉ちゃんがビックリしていた。少し微笑んでいるように見えた。オレはここに居る。
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