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短編小説『啜音』
始発で京都から大阪へ向かう。当然のことながら眠い。幸い、乗客はまばらなので端に座り目を閉じる。始発は全ての駅に停車する「普通」列車なので、その状態が果たして本当に「普通」と言えるのか、という問いはさておき、長時間乗車する分、眠るのにはちょうどよい。桂あたりで意識がなくなり、淀川を渡る頃に目覚めるのが常である。
今朝も俺はいつものように乗客のまばらな「普通」列車に乗り、端の席を確保し、目を閉じた。次の駅で停車、そして発車。このあたりまではいつも起きているから問題ないのだが、「ふんっ!」と鼻を啜る音がするのが気になる。目は閉じたままだがおそらくさっきの駅で乗ってきた乗客なのだろう。「ふんっ!」また聞こえてきた。「ふんっ!」不規則に鳴るのが気持ち悪い。
タンタンタン「ふんっ!」タンタンタン「ふんっ!」なら逆に眠りに誘ってくれそうなその音が、タンタ「ふんっ!」タ「ふんっ!」タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタ「ふんっ!」
やがていつやってくるかわからない「ふんっ!」を待っている自分に気づいてしまうともう眠れない。俺は目を閉じたまま軽く舌打ちをした。
沈黙。ガタンゴトンガタンゴトンしか聞こえてこない。俺のあの軽い舌打ちが効いてしまったのだろうか。うっすら目を開けてみると俺の真向かいのおじいとバチっと目が合ってしまった。つまり、おじいは目を閉じている俺をずっと睨んでいたことになる。他に乗客はいないので、鼻を啜っていたのもこのおじいということになる。関わりたくないからもう一度目を閉じるが寝付けない。高槻を過ぎたあたりで目を開けてみると真向かいにおじいはいなくなっていた。どこぞ途中の駅で降りたのか、と安心して今度こそ寝ようと目を閉じたところ、俺のすぐ右隣から「ふんっ!」と聞こえてきたので驚いた俺が反射的にそちらを向くと、さっきのおじいが俺を睨み付けていた。
蠱惑暇(こわくいとま)