連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第6話
「ツツジって漢字でどう書くか知ってる?」
「知ってるよ、躑躅でしょ?」
「いや、それならあたしだって簡単に書けるわ。躑躅。ほら」
「じゃあ、いいじゃないそれで」
「よくない。ちゃんと書かないとどんどん馬鹿になっちゃうよ」
「躑躅って書けなくても馬鹿にはならないよ」
「でも書けるに越したことはないでしょ」
「いいよ別に。躑躅って変換してくれるんだから」
「でもちゃんと書けておきたいって思わない?」
「俺は別にいいけど。だってカタカナでも平仮名でもいいじゃない。いまどき躑躅って漢字で書いても何て読むかわからない人のが多いからせっかく手間かけて漢字で書いたのに伝わらないってなんか悲しくない?」
「だけど躑躅って花が密集して咲いてるから片仮名のツツジとか平仮名のつつじより漢字の躑躅がいちばん躑躅っぽいじゃない」
「でも足生えてるよ、全然花っぽくないじゃない」
「でも地に足はついてるわけだから」
「それなら他の花だって足の字を使わないといけなくなるよね」
「別にこんな話がしたかったわけじゃないんだけど」
「したかった方向にしかいかない話はつまらないよ」
「それはそうかもしれないけど」
「薔薇は漢字で書けるかっていわれること多いけど躑躅はあまりないよね。躑躅のが難しそうだけど」
「薔薇よりマイナーだからじゃない?鮮やかな色の花が咲くからあたしは好きだけどな」
「鮮やかなら、ツツジというかむしろ羊だよね」
「何言ってるの?」
「いや、だから鮮やかって右側が羊だからさ」
「それなら魚でもあるじゃない」
「魚はツツジと一文字も合わないじゃない。ツツジとヒツジは一文字違いで似てる」
「馬鹿じゃないの」
「だから羊だよ」
井上陽水のリバーサイドホテルの歌詞を引用するならば、俺たちはこのあとベッドの中で魚になった。途中でやめるほうが気持ちが通い続けるって、なんかそんなことを前にレイラは言っていたけど、途中でなんかやめられない。今夜もワンダフルトゥナイト、君はいとしのレイラ。
↑第5話
↑わかりにくいけど実は第2話がこれ
↑初回がこれ。初回は「ワンダフル・トゥナイト」だった。
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