エッセイ『サザンが好きなもので』
サザンオールスターズ が好き、というと特に音楽好きを自称する年配の方から「ああ、じゃあ、そんなに音楽が好きというわけではないんですね、はいはい」という扱いを受けることがあります。サザンファンの皆さんは割とこれ、理解してくれるんじゃないかしら。
小学生の頃に好きになってから、幾度となく同じ扱いを受けてきたのでもう慣れましたが、こういう扱いを受けるたびに「あなたの聴いてるサザンと私の聴いてるサザンは違うんです」と言いたくなる。
「音楽好き」「音楽に詳しい」という時にどういうわけか、その「音楽」にサザンが含まれていないことが多く、鼻で笑われたりします。「ふーん、そんなところにいる人なんだー」っていう意味不明のマウント。
大衆が好むエンターテイメントを大衆が好むエンターテイメントだからという理由で「下」とみなす人たちは、いったいどんな音楽を「音楽」とみなしているのでしょう。
いろんなところで書いたり言ったりしているので、きっとここでも昔、書いていると思うんですが、学生時代、「音楽好き」を自慢する風の新入生が私の所属する音楽サークルに入ってきて「僕ですか?なんでも聴きますよ、ビートルズからレッチリまで」と言っていました。それはあなたが思っているほど本当に広いのか、と思ったんですが、そういう言い方をするなら、私だって「サザンからクリフォードブラウン」まで聴きます。たまたま、私が「サザンが好きだ」という情報のみ抽出して話しているにすぎないもの、その情報だけで見下してしまうのは、つまらないことだな、と思います。
別に私はサザンのこともクリフォードブラウンのことも詳しくはありませんが好きで聴いています。それでいいはずなのに、どこか優劣を決めたがったり、好きなら極めろよとかいう雰囲気も嫌いです。人の好きなものを自分の物差しで否定して鼻で笑うような奴よりはセンスいいよ私は。
蠱惑暇(こわくいとま)