1人目に投票した話
趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。
転じて、客でなくとも1人目に何かすることも趣味になりました。阪急西院駅のエレベーターに1人目に乗ったのは私です。そのことについては明石家電視台に出たときにも話をして出演者の皆さんに面白がってもらいました。
選挙の際に投票所で1人目に投票することも趣味にしています。
期日前投票があるので、いくら選挙当日に1人目に投票したところで1人目に投票したことにはならないのでしょうけど、投票所で1人目に投票する人にはその人にしか担うことのできない大切な役割があります。
1人目の投票者が票を投じるまで、投票箱には何も入っていないはずです。画鋲や剃刀が入っていたらそれはそれで問題ですが、何より空っぽのはずの投票箱にすでに候補者の名前の書かれた投票用紙が入っていたら大変なことになります。つまり、「不正」ですね。
その「不正」がなされていないか、ちゃんと投票箱の中は空っぽであるか、を目視で確認し、署名をするという非常に大切な役割が1人目の投票者にはあるのです。私はこの大切な役割をいつもの投票所でもうかれこれ五年ほど続けております。この五年ほどの間に何回選挙があったか覚えていませんが、その全てで1人目に投票しております。
そんな私のような者が出現するまでは、どうやらこの投票所で1人目に投票する役割を担っていたらしいおじいさんがいて、いつも6時30分頃やってきて、「おまえ、ここ、並んどるんか。ほんならわし、1人目に投票でけへんやないか、わし、もうずっとここで1人目に投票しとるんやで」と言ってくるのですが、前回も前々回もその前もこの投票所で1人目に投票しているのは私なのです。「1人目に投票でけへんなら意味ないわ」と言って帰っていくおじいさんの後ろ姿をいつも私は切ない気持ちで見ています。どうせならもっとカラッとスッキリした関係でいたい。
「おー!にいちゃん、今回も1人目かいな!くそう、悔しいなー、今回はにいちゃんに負けないでおこう思ていつもより早めに来たけどやっぱりあかんかったか!かかかかかかか。次は負けへんでー!」くらいのおじいさんに私はなりたい。
そういうおじいさんがいるので私も油断はできません。念には念を入れ、5時50分に到着できるよう投票所たる中学校の体育館へ向かいました。
中学校へ向かうまでの間に今回の総選挙の立候補者全員の名前と写真が掲載された看板があったので誰に投票し、何党に票を入れるか、確認をしました。
昨日、国民民主党の候補者の応援に石丸伸二さんが駆けつけたそうです。石丸さんがどうこうというのはわかりませんが、期日前投票で国民民主党に票を投じた人のなかには石丸さんについて快く思っていない方もいらっしゃるかもしれません。「石丸さんに応援演説を頼むような政党には絶対に入れたくない」という考え方の人もいらっしゃるでしょう。それでも期日前に投票してしまったらそれを撤回することはできません。あらゆる情報を最後の最後まで自分なりに正しく精査して投票するためには、やはり期日前投票というのは、少なからず問題があるのかもしれません。
5時50分頃、人一人通れるかどうか微妙なくらい校門が開いていたので、やや体を横にして(縦にしたのかもしれない)中に入ると、中学二年の息子に「体脂肪」呼ばわりされている私の体は門扉に当たってしまい、音を立ててしまいました。
その音を聞きつけた選挙スタッフとみえる男性二人組がやってきて、「選挙は7時からなんで後で来てもらえますか」とおっしゃるので、「そうなんですか、いつもこのくらいの時間に来て並んでるんですけどね」と答えたら、すんなり通してくださいました。たぶん、めんどくさいと思われたんだと思います。やばそうな奴やから関わるな!ということでしょう。この五年、ずっと同じ男性スタッフさんが出迎えてくれているので、今日もその方がいらっしゃると思っていたのですが、ひょっとしたら異動になったのか、それともスタッフをやめてしまわれたのか、そもそも選挙のスタッフってどうやって決めているのでしょうか。
体育館にたどり着く。誰も並んでいない。
今回も無事、1人目に投票できそうです。
館内から男性スタッフさんが出てきました。いつもの人とは別の方です。ああ、やっぱりあのお兄さんは今日はいないのだろうか、と感傷に浸りかけていたところ、「おはようございます!ああ!テレビで見たことありますよ!!」とそのスタッフさんがおっしゃってくださり、ついさっきまでそこにあった感傷はどこかへ飛んでいってしまいました。飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで回って回って回って回ってしまったかもしれないし、イスタンブールまで飛んでいったかもしれません。いやぁ、テレビなんて一回だけ明石家電視台に出ただけなんですけどねぇ。ありがとうございます。
そんな話をしていたら中から出てきたのがいつもの男性スタッフさんだったので、「あなた!いたのね!!」と感激し、脳内にユーリズミックスの「ゼア・マスト・ビー・アン・エンジェル」が流れました。
「いつもありがとうございます。今日もいつもの段取りでお願いします」とおっしゃっていただくそのスタッフさんの顔からは「いつもと同じ人だから説明をしなくていいし楽だ」という表情がみてとれました。こんな私でも少しくらいはお役に立てているらしい。
それにしても、毎回思うんですけど、もし、選挙スタッフの方と1人目に投票する人が密かに通じていたなら、空っぽではない投票箱を「空っぽです」と署名する、という「不正」はできないこともないのではないかという気がします。もちろん私はやりませんけど。
6時40分。
私の後ろにはまだ誰も並んでいません。
いつも1人目に投票したがるおじいさんも来ません。今回の選挙はけっこう、歴史に残る総選挙になるんじゃないか、くらいに思っているのですが、世間的にはそんなこともないのでしょうか。何羽かのカラスが大声で鳴いています。
「なんか、噂によるとテレビに出られたそうですね」
いつもの男性スタッフさんが話しかけてくださいました。どうやらさっきのお兄さんにテレビのことを聞いたらしい。明石家電視台のことをお話し、本当はオープンしたお店の1人目の客になるのが趣味であることなどもお話ししました。
よくよく話を聞いてみたらこの男性スタッフさんが選挙のスタッフをはじめたのは三年前の衆議院選挙のときだというので、五年前はまだこのスタッフさんはいなかったことになります。記憶というのは実に曖昧なものです。政治家の先生が「記憶にございません」と言うのはあながち嘘というわけでもないのかもしれません。
「選挙では何もありませんけど、それじゃあ、お店とかだと1人目のお客さんになったら何かあるんですか?」
「いえ、何もありませんけど、写真を撮ってもらうくらいですかね。さすがに選挙ではそんなことは無理でしょうけど」と、私は本当に無理だろうと思って言ったのですが、写真を撮ってくださいました。
杉村太蔵さんはあなたの一票で日本の未来は変わらないと言ったそうですが、一票の積み重ねの先に見える未来はきっと変わると思います。早めに閉めちゃう投票所もあると聞いたことがありますから、是非とも早めに投票しに行ってください。
令和6年10月27日、衆議院議員総選挙と最高裁判所裁判官国民審査にて私の投票所で1人目に投票をしたのは私です。
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