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あんた裸やで
うちの小4が僕のリクエストに応えて描いてくれました。アメリカのトランプ大統領です。
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描いたんやと思うけどなかなか上手く描いてますよね
近頃やりたい放題で王様気取りのこの方の傍若無人ぶりについて昨日の毎日新聞『余録』がアンデルセンの名作『裸の王様』に見立て、「王様は裸だ」と叫ぶ少年がいない世界は危機である。と書いていました。
「王様は裸だ」と叫ぶ少年がいない世界は危機である。ほんまにそう思う。誰か、あんた裸やで。って言うてあげてほしい。トランプ大統領に限らず、今の世の中、いたるところに裸の王様がいて、「あんた裸やで」と言うてくれる少年が不足している気がする。
世界が狭いんだろうと思う。
自分が正しいと思う世界しか見ていないのでしょう。それはたぶん、守りに入っているということでもあると思う。あのトランプ大統領ですら、たぶん、めちゃくちゃ攻めているように見えて、あれは守りに入っているんじゃないかと思う。それでも自らが矢面に立ち、批判も全て真っ向から受け止めているところは潔いと思わなくもない。あの人は、あれはあれで自分の思う、というか、あの人の支持者たちの考える「ロック」を体現しているんだと思う。その姿勢こそが、あの人にとっては「守り」なんだろうと思う。
責任ある立場に立つと精神的にチキンであるほど「失敗をしないこと」を第一に考えてしまう。トランプ大統領の場合は、失敗をするなんてことは考えておらず、仮に失敗をした場合は絶対に責任をとらない。周りは大変だと思いますが、いっそ清々しさを感じなくもないのは、私の身の回りの偉い人たちが、失敗をしないことを第一に掲げるあまり、面白いことを何もやろうとしないうえ、誰かが面白そうなことをやろうとしても「失敗しても俺は知らないよ、君の責任でやりたまえ」と丸投げし、それで失敗したら鼻で笑い、成功したら我が物顔で己の手柄であるかのように振る舞う、という、およそロックとはかけ離れた生き方をする人があまりにも多いからなのだと思う。
偉い人に求められるのは、まず、下の人間を「信頼して任せきること」であり、それで下の人間が失敗をしてしまったら「責任だけはしっかり負うこと」、そして無事成功を収めたなら、「手柄だけはしっかり与えること」であるはずなのに、ダメなトップは「部下を信頼せず全て自分一人でやって」「責任だけはしっかりどこかに放り投げ」「手柄だけはしっかり自分のものにする」んです。タチが悪いことに、それを心の底から「ロックである」と思い込んでそうしている。
そういうダメなトップに比べれば、トランプ大統領のほうがいくらかマシに思えるのは私だけでしょうか。
王様が裸でも私は別に構わないんです。
どうせ裸であるならロックであってほしい。うちの王様は裸やけどロックやで。せめてそんな人がトップでいてくれたらいいんですが。
なお、トランプさんは基本、ものすごい差別主義者だと思うので、ある種の清々しさを感じてはいますが、私はやっぱり、あんなやり方を肯定はできないし、一国のトップがあんなではよくないとは思ってます。