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ラジオのお話『桜並木は開花するのか』

今日もまた
ラジオのお仕事について。

情報誌の視覚に訴える文章を
ラジオでは聴覚に訴える文章に
変えなければならないことは
これまでにも書いております。

最近は役所なんかでも
外国人にわかりやすい日本語で
説明が書かれていたりしますが、
あれにも似ているかもしれません。

例えば、
「外国人にもわかりやすい日本語」
で画像検索したら、

「◯◯川周辺に
避難勧告が出ました。」
という表現を
「◯◯川の近くに
住んでいる人は
××まで逃げてください」
と書き換えている例を
見つけました。

「周辺」が「近く」
「避難勧告」が
「××まで逃げてください」と
くだけた感じの
説明になっています。

くだけると意味が
変わってしまう場合もあるので、
くだければいい、
というわけでは
ないかもしれませんが、
こういうくだけた表現を使うのは
ラジオも同じですね。

逆に情報誌などでは
使える文字数などの関係で、
熟語や略語を
多用しないといけないのは
ごく自然なことですし、
外国人ではない私にとっては、
それで読みにくいことも
ありません。

しかし、
どうやら略しすぎて、
おかしくなることもあるようです。
例えば先日、
こんな表現を見つけました。

「見事な桜並木の開花」

言いたいことはわかるのですが、
「桜並木」は「開花」しないと
思うんですよね。
開花するのは「桜」です。
桜並木ではありません。

桜並木の桜が開花するんですよね。
本来、略したら
いけない箇所だと思うのです。

そこで躓くか躓かないか。
どこに躓いて
どこに躓かないか、は
人それぞれだと思いますが、
ライターなら
ライターなりに
躓かないといけない箇所があり、
ラジオディレクターには
ラジオディレクターなりに
躓かないと
いけない箇所があるはずです。

お互いがお互いの
躓かないといけない箇所を
尊重し合うことで、
育まれるのが信頼関係です。

よかろうが悪かろうが、
上から降りてきた文章が
正しいんだから
ごちゃごちゃ細かいことを言うな、
という態度の人間が壊すのが
業界の未来です。

細かいことが集まったものが
全体なのです。
全体を見渡せる人ほど、
細かいところに目を配ります。
私は全体を見渡せるような
器量がある人間ではないですが、
細かいところを見ないことで、
全体を見渡すことを
放棄することはしないでおきたい。

細かいところを
ちゃんと見ておくことで、
全体を見渡すための資格を
持ってはおきたいのです。

これからも
どんどん躓いていこう。

#2月12日 #note日記 #エッセイ
#ラジオのお仕事 #ラジオ #radio

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