三千世界に断捨離を

断捨離というものが流行りだしてもう随分になる。
断捨離とは要らないものを捨てて身軽に暮らすという意味だけでなく物に依存する生活から離れるという意味もある様だ。
ライフスタイルをガラリと変えたり、もっと自由に暮らすという事はとても良い事だと思うし人生自体の価値を再認識する近道なのかもしれない。
しかし断捨離という言葉に惑わされて全てを捨ててはいないだろうか?
不要ではない大切なものまで捨ててはいないだろうか?
捨ててはいけないものに気付けるのはいつもそれが取り戻せない遠くに行ってしまってからなのだから・・・。
 
伏島さんは栃木県にお住いの30代のOLさん。
現在は一戸建ての古い家に一人で住んでいるがそれは祖母が亡くなる直前に祖母から遺産として譲られた家屋だった。
それまでは狭いアパート暮らしだった彼女を見兼ねた祖母の優しさだったのかもしれない。
ただ元々、彼女の一族は祖母も含めて四国の出身なのだが栃木に住んでいた事など一度も無かったはずの祖母がそんな家をどうして所有していたのかはいつも不思議に思っていた。
ただ彼女にとっては広い家で暮らせることは願っても無い事であり、広すぎる家に迷うことなく住み始めた。
誰も住んでいなかった家だと聞いていたが何故か家の中は埃すら溜まっておらずきれいな状態で保たれておりそれも不思議には感じられた。
最初はただラッキーという気持ちばかりで不満など何も感じなかった。
浴室も台所もトイレも無駄と思えるほど広く全ての部屋も広大という表現がぴったり。
彼女は嬉しくて友達を沢山呼んでは宴会の日々だったそうだ。
しかしそれも落ち着いてくると家の中に不満を感じてしまう。
・・・もっとかわいい家にしたい・・・・と。
部屋の中には家具だけでなく何に使うのかもわからないような奇妙なオブジェや小物が所狭しと置かれていた。
いつしかそれらが目障りで仕方なくなった。
もっと可愛い家具やグッズで家の中を満たした状態で暮らしたい。
そんな気持ちが日増しに強くなっていったそうだ。
ただ祖母から家を譲り分ける際に一つの約束をさせられていた。
・・・家財道具を含めて何も捨てちゃいけないよ!
それだけは約束しておくれ!・・・と。
それはもしかしたらかなり価値の高い物も多いのかもしれない、と彼女には聞こえたそうでいつも金欠に苦しんでいた彼女にとってはそれも断捨離を決断する理由の一つになった。
しかし実際にリサイクルショップの出張買取に見積もってもらったところ殆ど買い取ってはもらえない物ばかりだと分かった。
しかし駄目モトで骨董品店に依頼してみると予想を上回る金額を提示されてすぐに家の中にある殆どの物を売り払った。
その時、骨董品店の主人が言った
「本当に売っても良いんですか?」
という言葉と嬉しそうな顔が少し気にはなったらしいが・・・。
それから彼女は何も無い殺風景な家でしばらくの間、暮らす事になった。
そしてそれは家財道具を売り払ってから1週間ほど経った頃だった。
その日は土曜日で仕事は休みだったから家の中でゴロゴロと過ごしていたという。
すると何度も何度も玄関のチャイムが鳴らされる。
その度に玄関を開けて確認するが誰もいない。
そうしていると今度は家の中から誰かが歩き回る足音が至る所から聞こえだした。
やはり家の中を確認するが誰もいるはずもなく彼女は気のせいに違いないと気にしない事にする。
しかしその夜、彼女が寝ていると真夜中に異音を感じて眼を覚ました。
ぼんやりした頭で上体を起こすと何かが部屋の中をゆっくり歩いていた。
まるで盆踊りでも踊っているかのように奇妙な動きで部屋の四隅をなぞりながら動いていた。
その動きが不自然にゆっくりとしたもので気持ち悪かった。
そして彼女はそれを見た瞬間、少しだけ上体を起こしたままでピクリとも動けなくなった。
彼女は怖くて何とか眼を閉じたまま耐えるしかなかったがその間も部屋の中を歩き回っている何かが近づいてきたり顔を近づけたりしてくる気配を感じていた。
それは1時間くらいで気配を消してしまい体の自由も戻ってくれたが彼女は怖くて布団から出る事が出来なかった。
そのまま朝を迎えた彼女は1人では寝る事など出来ないと思い友人二人を家に招いて一緒に寝てもらう事にした。
彼女の予想通り、その夜も眼が覚めると部屋の中を何かが移動していたのだが何故かどれだけ体を揺さぶっても2人の友人は眼を覚ましてくれなかった。
そのまま恐怖に震えながら朝を迎えた彼女だったが、その夜は部屋の中で動き回っている何かの顔を見てしまった。
シルエットとしては黒い人間ではあったが、どうやらそれの首から上に付いているのは人間の顔ではなくオオカミか犬の頭部にしか見えなかったという。
それからも毎晩、それが現れるようになり彼女は仕方なくしばらくの間、ビジネスホテルに泊まるようにした。
しかしそれでもビジネスホテルの部屋にソレが出てきてしまう。
藁をも掴む思いで、両親に電話してその事を相談すると激しい言葉で怒られた後にこう言われたという。
・・・あれは単なる家じゃないんだよ・・・。
・・・すぐに売り払った店に行って買い戻しなさい・・・。
・・・そうしないと・・・。
そうしないとどうなってしまうのか?は教えてはくれなかった。
しかし切羽詰まっていた彼女はすぐにあの骨董品店に行って売り払った全ての物を買い戻したいと懇願した。
しかし、それらは既に別の持ち主の元にあり買い戻す事は不可能だと冷たく言われたそうだ。
彼女が何を捨ててしまいそれがどういう意味を持っていたのかは分かりようもないが、きっとそれらはその家に強い結界を作ってくれていたのかもしれない。
それを二度と取り戻せないと悟った彼女は現在、絶望の淵にいる。
そんな彼女は現在、1人ではなく沢山の何かがぞろぞろと部屋の中を歩き回る状態で眠れないまま朝を迎えるしかないようだ。
助けてあげたいがその術は見つかっていない・・・。

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