風鈴と怪異

夏の連想させる風物として風鈴がある。
俺の部屋の窓にも水色のイルカの形をしたガラス製の風鈴が掛けられており風が流れていく度にチリーンチリーンと愛すべき音を聞かせてくれる。
ちなみに風鈴と怪異の関係性を考える時、よく聞くのは決して悪いモノではない、という事である。
確かにそれには俺も賛同する。
これまで俺が見聞きしてきた怪異において、風鈴というのは亡くなっている親族による挨拶代わりだったり危険を知らせるアラーム的なものが多い。
窓を閉め切った部屋で鳴る風鈴は、
お盆に帰って来たよ~
という知らせだったり落ち込んでいる時などに
傍にいるから大丈夫だよ~
というコミュニケーションツールとして利用されるパターンが多かったし、地震や火事を事前に知らせてくれる好意的なものも多い。
つまりはそれらは生者である遺族を気遣い、そして助けるためのツールとして利用されるもので決して危険なものでは無い。
しかし風鈴による怪異はその全てが好意的で安全なものなのだろうか?
これは俺の個人的な見解ではあるがそれは否と言わざるを得ない。
つまり風鈴に端を発して危険な目に遭われた方も少なからずいるのだ。
これから書いていくのはそういう話になる。
相馬さんは3年前に母親を亡くし都内のマンションで一人暮らしをしている30代のOLさん。
若い頃に両親が離婚しそれ以来、母親の愛情を一身に受けて暮らしてきた彼女は母親が病気で亡くなった時には生きる希望を失うほどの絶望の淵に突き落とされた。
もう二度と笑える日も来ないだろうしいっそ母親の後を追って・・・。
そんな事まで考えた彼女も時間の流れによって少しずつ立ち直る事ができた様で、今では何かある度に目の前にいるであろう母親に話しかけては癒されるという事を繰り返して生きていけるようにまで回復した。
それは単なる彼女の思い込みというだけではなく、実際には部屋の中に亡くなった母親がいるとしか思えない現象も実際に起きていたというのだからきっとそういう事なのだろう。
そんな彼女がそれまで体験してきた怪異に風鈴があった。
窓を閉め切っておりエアコンも点けていない部屋の中でチリーンチリーンと鳴る風鈴。
最初は何処からか風が吹き込んでいるのかな?と思い窓を点検したが何所も開いてはいない。
なんで・・・どういうこと?
そう思い少し怖がってしまった時、また風鈴が鳴った。
その音は決して怖いと感じられるものでは無く何処か優しく懐かしくすら感じられる音だった。
そういえば、と思い出したのがそもそもその風鈴は亡くなった母親がどこからか買ってきたものであり、入院してからよく言っていた言葉。
「もしもお母さんが死んだら風鈴の音が聞こえた時くらいには思い出してね・・・」
それを思い出してしまうと突然聞こえる風鈴の音も彼女にとっては恐怖の対象ではなく癒しの音になってくれたという。
それからも風鈴は彼女が落ち込んでいる時や悩んでいる時に小さな音で鳴ってくれた。
まるで彼女を励ましてくれるように・・・。
だから彼女も風鈴の音が聞こえる度に、すぐそばに母親が居てくれてる・・・と確信し勇気をもらえたそうだ。
しかしある夜、彼女が寝ていると突然激しい風鈴の音が聞こえてきてハッと目を覚ました。
窓も閉め切っていたしエアコンなど点けてもいないのはいつもと同じだったがその音はいつものようなチリーンという優しい音などではなくヂリンヂリンという警報音のように聞こえた。
急いでベッドから起き上がり部屋の中を点検したが何所にも異常は見つからない。
どういうことなの?
そう思いながらふと窓の外を見た時、彼女は思わず固まってしまう。
窓の外には別のマンションの棟が見えていた。
しかしその間の空中に重力を無視するかのように見知らぬ男が浮かんでいた。
無表情なのに口元だけが少しいやらしく笑っているように見える男は50代くらいのスーツを着ており首だけが異様に長く伸びていた。
それを見た彼女はこのまま部屋の中に居てはいけないと感じ急かされるように部屋から出た。
廊下に出たが何処へ行けばいいのか、全くわからない。
そうしていると階下からエレベータが上がってきて扉が開いた。
中からは誰も降りては来なかった。
しかし突然、先ほど聞こえた警報音のような風鈴の音が聞こえたという。
大きくなったり小さくなったりしながら風鈴の音がゆっくりと近づいてくるのが分かった。
彼女は咄嗟に非常階段から逃げようとその場から走り出した。
しかしその瞬間、彼女の頭の中でははっきりと母親だと分かる声が聞こえたという。
「そっちじゃない・・・部屋の中へ逃げなさい」
その声を聞いた彼女はすぐに部屋に向かって走り出し急いで玄関のドアを開けて中へと入った。
しかしそれと同時に玄関のドアを蹴飛ばしているようなドーンドーンという音が聞こえてくる。
彼女は玄関の鍵を掛けるのも忘れて必死でリビングへ避難した。
それからもしばらくの間はドアを蹴飛ばす音が聞こえ続けていたがやがてドアが開き、そして閉まる音が聞こえて初めて、彼女は玄関ドアの鍵を掛け忘れた事に気付き絶望した。
ドアが閉まる音が聞こえてすぐに玄関の方から
ハーハーハーハー・・・
という苦しそうな息遣いがはっきりと聞こえてきた。
そしてその息づかいは引きずりながら歩く様な足音とともにゆっくりと此方へ近づいてくる。
彼女にはもう両耳を塞いだまま床にうずくまる事しか出来なかった。
誰か助けて!・・・誰か助けて!
必死に叫ぶが声にならない。
そうしているうちに足音はすぐ近くまで来て彼女の耳元で苦しそうな息遣いを聞かせてくる。
そして次の刹那、冷たい2本の手が彼女の首にかかり、ぐいぐいと上へと引っ張り上げるような動きをした。
それはまるで首を引き抜こうとしているかのように・・・。
涙がボロボロと流れ息が苦しくなる。
彼女自身も死を覚悟した瞬間に、突然頭の中に母親の声が聞こえたという。
大丈夫よ・・・大丈夫・・・。
そしてすぐにまたいつものチリーンチリーンという風鈴の音が聞こえた。
それはいつものようにきれいな音色ではあったがどこか力強く大きな音だった。
それが聞こえた瞬間、首に纏わりついた手の感覚は消えてしまい部屋の中からも恐ろしい気配が消えたという。
そして風鈴の音はまた優しい音に変わり朝になり外が明るくなるまでずっと鳴り続けていた。
これが彼女が体験した怪異の全てだ。
それぞれ解釈は違うのかもしれないが、やはり風鈴というのは善しに付け悪しきにつけ怪異とは関係が深そうだ。
 

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