食卓のスムージー

油井さんは1人でマンション暮らしをしている。
以前は実母と2人暮らしをしておりお互いのプライベート空間を確保する為にそれなりの大きさの部屋で暮らしていたが現在ではそれも無駄にしか感じられない。
だから本来ならばもっと小さくて家賃の安価な小さめの部屋に住み替えるべきなのはわかっているが引っ越しが面倒でそれも出来ていない。
毎日、朝早くに家を出て電車を2回乗り継ぎ仕事に向かう。
仕事が終わってからは帰り道にスーパーによって食材を買って帰り自炊して夕飯を食べる。
実母はいつも手作りの食事を用意してくれていたようで余程の事が無い限りは自炊して食べるのが彼の生活。
どれだけ疲れていても時間が遅くなっても何らかの料理を作り食べないと気持ちが落ち着かないのだという。
そんな彼は2か月くらい前から奇妙な現象に悩まされだした。
毎晩そうやって料理を作り1人でテーブルに座って食べていると誰かがテーブルの対面に座っている。
食事をしていると眩暈を感じ眼を閉じた後、再び眼を開けると何かがいる。
ちょうどギリギリ視界に入らないが確かにそれは対面に座っていた。
彼はそれが恐ろしくて見る事が出来ずにいた。
視てしまったら恐ろしくてこの家に住めなくなる・・・。
そう思うと怖くて直視など出来なかったという。
対面に座った何かは黙ったまま何も話さない。
その時の彼の心の中では・・・怖がってはいけない・・・という気持ちが何故か沸いてきていたという。
怖がったら食べられる・・・。
怖がったら取って代わられる・・・と。
そうして彼は俯いてまま前を決して見ないように食事を続けた。
そして彼が食事を食べ終わったのを見届けると対面の何かもスーッと消えていった。
そんな事が毎晩のように続いていたが何日目かの夜、彼はその姿を見てしまう。
彼としてはそんな夜が続いているうちに、もしかしたら目の前に現れるのは亡くなった実母なのではないか?と思い始めた。
何度も迷ったが彼が思い当たるとしたら実母しか考えられなかった。
世話焼きの実母なら亡くなってからも息子がちゃんと食事をしているかが心配で見に来るというのも十分考えられる。
そこで彼はある夜、食事の途中に何げなく視線を前方へと泳がせた。
そこに亡くなった実母が笑ってくれていると思いながら・・・。
しかし、テーブルの対面に座っていたのは実母ではなく知らない女だった。
長い髪の毛を真ん中で分け、そこから見える両目はギラギラと大きく見開かれていた。
ヒッという小さな悲鳴を何とか押し殺した彼は震えだしそうなくらいに恐怖している事を悟られないように必死に平静を装い食事を続けた。
すると対面に座った女は
「イイヨネ・・・ジブンダケ・・・」
「ワタシト・・・カワロウヨ・・・」
確かにそう口にしたという。
その瞬間、恐怖に耐えられなくなった彼はその場から立ち上がり部屋を飛び出すと廊下へと飛び出した。
それから1時間ほど廊下にいたが埒が明かないので仕方なく部屋の中に戻るとやはり既に女は消えていたという。
そんな女には見覚えなど無かったし、そもそも実母が生きている間はそんな女はおろか怪異など発生した事も無かった。
だから彼としては、全てはストレスや精神の弱さに起因している幻に過ぎないと自分に言い聞かせた。
しかし、それはどうやら幻などではなく毎晩現れては
「イイヨネ・・・ジブンダケ・・・」
「ワタシト・・・カワロウヨ・・・」
と呟くようになった。
病院に行っても精神に異常は見つからず彼は途方に暮れていたが、ある事がきっかけで女は現れなくなった。
それは玄関のカギをわざと開けておくという事だという。
ある夜、偶然に玄関のカギを閉め忘れた夜がありその夜は女は現れなかった。
それに気付き同じ事をしてみると本当に女は現れなかった。
それからというもの、彼は玄関のカギを開けっぱなしにしたまま食事をし眠りに就いている。
不用心ではあるが、あの女が現れるよりは遥かにマシなのだそうだ。
そして彼は自身の体験した怪異についてこう考察している。
全ては実母が亡くなってから起きている。
そして実母は生前から奇妙なほど霊感が強い人だった。
だからその女は実母となにかしら関係のあるモノ、もしくは実母を恨み恐れているモノなのではないか、と考えている。
そして、もう一つ、調べてみた結果、彼には姉がいたそうだ。
彼とかなり歳の離れた姉は彼が生まれる前に病気で亡くなっていた。
しかし姉が亡くなったのは3歳の頃。
あの女はどう見ても20代~30代。
それが同じなのかは判断がつかないそうだ。
それにしても、もう全ては終わりましたから安心です!という彼なのだが本当にそうなのだろうか?
俺にはまだ始まってもいないようにしか思えないのだ。
玄関のカギを閉めないという事で怪異は遮断できるとは思えないから。
つまり怪異は収まってなどいない。
これから本当の恐怖を彼は体験してしまうのかもしれないのだ。

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