指が見つからない。
坂尻さんは生まれた時から電車が通る音を聞きながら育ってきた。
実家が線路沿いにあり遮断機のある踏切も近いのだ。
電車が通るたびにガタンガタンという騒音に悩まされるだけでなく家そのものもかなりの強さでガタガタと音を立てて揺れる。
まあその点に関してはもう慣れてしまい特に気にもならないそうなのだがいつまで経っても慣れない事もある。
彼女の実家近くの踏切は地元でも有名な飛び込み自殺の名所になっている。
突然けたたましい警笛が聞こえ、大きなブレーキ音と共に車輪とレールが擦れる嫌な音が鳴り響く。
そしてしばらくの間、静寂に包まれた後ざわざわとした声や雑踏が聞こえ、すぐに救急車や警察車両がやって来る。
そんな時は何が起こったのかがすぐに分かるようになってしまった。
また誰かが電車に飛び込んだのだと。
踏切には自殺防止の看板が何枚も設置されているが全く効果は無い様で、多い時には年に1人~2人の人間が電車に飛び込んで命を落とす。
電車への飛び込み自殺の場合助かる見込みは殆どなく万が一息絶えていなかったとしてもその姿はもう人間の体を為してはいないそうだ。
一度その姿を見てしまったら一生のトラウマになってしまう程に。
だから彼女は絶対に自殺はしないと心に決めているし、もしも心変わりして自殺してしまう事があっても電車に飛び込む事だけは絶対にしないと心に誓っている。
あんな死に方だけは絶対にしてはいけません。
それは飛び込み自殺のリアルを幼い頃から目撃してきた彼女だからこそ言える真理なのかもしれない。
そんな彼女は過去に不可解な飛び込み自殺を経験している。
それは彼女が既に社会人として働きだしてからの事だった。
いつものように家の近くの踏切からけたたましい警笛とブレーキ音が聞こえてきた。
あ~あ・・・まただ・・・。
その程度の感想しかなかったという。
いつもならば警察や救急車両がやって来て2~3時間程度で全ての作業が終わる。
しかし、その時には警察がやって来て彼女の家の庭などを探していった。
聞けば、自殺した女性の指だけが見つからないのだという。
しかも両手の指が10本きれいに無くなって見つからないのだという。
しかもどの指も第2関節から上が無くなっており切断面も潰れておらずきれいな状態で。
どんな死に方をすれば両手の指がきれいに切断できるのだろうか?と思わず考え込んでしまったという。
結局、彼女の家の庭からは切断された指は見つからず警察は別の家へと移っていったがその無くなった10本の指というものが結局は見つからなかったのはそれからもずっと警察が指を探し続けていた事からも容易に想像できたという。
その時には、指が見つからないくらいであんなに必死になって探さなきゃいけないものなのか?という気持ちと、どうせ指は車輪に巻き込まれて粉々になったんじゃないのか?
というくらいにしか思わなかった。
しかし、それから1年以上経った頃、その地域では猟奇的ともいえる事件が起こったそうだ。
線路沿いにある家々の郵便受けに指が1本入れられていた。
その指はミイラ化していないばかりか少しも腐っておらず、まるでほんの今しがた鋭利な刃物で切り落とされたかの様なきれいな状態だった。
そしてその指は第二関節から先の部分しかなかった。
どうしてここまで詳細に知っているのか、といえば坂尻さんの家の郵便受けにも指が入れられていたからだそうだ。
しかも、指が入れられていたのは全部で10軒の家。
つまり1年前の踏切事故で消失した自殺女性の指の数と同じだった。
すぐに警察による捜査が始まったが特に何の手掛かりも見つからなかった代わりに、それらの指が自殺した女性の両手の指だという事が判明してしまう。
何故1年以上前に飛び込み自殺した女性の指が今更出てきたのか?
何故10本の指は1本ずつ別々の家の郵便受けに入れられていたのか?
考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
警察としてもこれ以上は調べようが無いと判断したのか、それからしばらくするとその姿を見なくなった。
しかし、それからは怪異が街を侵食し始める。
街の至る所の窓に同じ文言が指でなぞったようにして書かれるようになった。
そして全ての窓には
・・・本当は死にたくなかった・・・・。
という言葉が書かれていたという。
そのうち、指だけが宙に浮いており窓に文字を書いているのを見たという目撃談まで出始めてしまい町中が騒然となった。
しかし、本当の怪異はそれが始まりだったのかもしれない。
それから1年の間に合計4人がその踏切で飛び込み自殺をした。
4人全員に自殺する動機は見つからなかった。
4人は性別も年齢もバラバラで何の繋がりも無かったが、その4人の遺体を回収する際、どれだけ探しても10本の手の指が全く見つからなかった。
そして、その指が1年後に見つかるという事も無く現在に至っても見つかっていないのだという。
これだけでも不気味な話だと思うのだがこの話には後日談がある。
どうやら街なかに設置された防犯カメラが白昼堂々と郵便受けに何かを入れている女性の姿を記録していた。
その女性は少しもおどおどした態度も見せず何かを口の中から吐き出す仕草をした後、郵便受けに何かを入れニターッと気味の悪い笑みを浮かべてからスーッと消えていく姿がはっきりと映りこんでいた。
そして、その映像を大きく拡大した際、その女性の手には指というものが全て欠損している様に見えたそうだ。
その後、証拠映像として警察にその動画ファイルを渡したそうだが、それ以後何の連絡も無いそうである。
その女性の霊は一体何をしたかったのか?
そして、何故4人もの自殺が続いた後、突然ピタリと自殺の連鎖が止まったのか?
もう今となっては確かめようがないが、もしかしたらその女性は4人を自殺に導く事で
何かを為し終え満足したのかもしれない。
死にたくなかった自分と同じように、無理やり自殺に誘い込んで・・・。