五つ目の選択肢

世の中には本当に色んな人間がいる。
他人の事になど気を配る事もせず全てが自分最優先。
周りにいる人間を利用する事しか考えていない・・・。
身勝手極まりない人間。
そんな奴と出会う度に本当に嫌な気持ちにさせられる。
だが、そんな奴とは真逆の人間も確かにいるのだ。
常に他人に気を配り相手の気持ちを最優先に考える。
周りにいる人間の役に立とうと努力し実行する。
自己犠牲の精神の持ち主。
確かに行き過ぎた自己犠牲は時として悲惨な結果をもたらす場合もあるが私的には
間違いなく後者の人間を応援したくなるし、そういう人間になりたいとさえ
思ってしまう。
これから書くのはそんな話になる。
俺の仕事関係の知り合いに嶋田というとても変わった男性がいる。
その男性とは俺が今の会社に勤務してすぐに知り合った。
その頃は彼もまだ若く先輩達からしごかれる日々を送っていた。
そもそも要領が悪い彼は言い訳することなく、失敗や悩みも全て正直に話してしまう。
そして、仕事のスピードも他の人よりも明らかに遅かった。
だから常に先輩達から虐めにも似た罵詈雑言を浴びせられていた。
そんな彼を見て俺も
「あ~、また怒られてるな~」と思いながら見ていたのだがよく考えてみると
彼は自分の能力をフルに使って全力で仕事に臨んでいる事は部外者の俺にも
はっきり分かっていた。
つまり彼は仕事に気を抜いているのではなく全力で仕事に取り組んでいるが
その基本的処理能力が他の人より低いだけ。
単に不器用で要領が悪く弱気な性格の為に反論も出来ずただ怒られているが
それは決して彼が悪い訳でもなく彼に非がある訳でもなかった。
しかし、それから彼の意外な事実を幾つか知るうちに俺にとって彼はかけがえのない
「信用のおける人」になっていった。
月曜から土曜、朝から夜遅くまで工場と現場で働き日曜日は祝日にはボランティアとして
養護施設で作業を手伝っていた彼。
俺が新たに2人組のバンドを組んだ時、その初ライブが生憎の大雪になり交通も完全に
マヒした状態の中でもひとりライブ会場にやって来てくれた彼。
自分の悪口を言われているのは知っていても決して他人の悪口だけは言わない彼。
そんな彼の本質を知ってしまうと、たとえ仕事が出来なくても結婚も出来なくても
安いボロアパートに住んでいても、安いマニュアル車の軽四に10年以上乗り続けていてもそんな事は全く関係の無い事になった。
人は仕事を完ぺきにこなす為だけに生きているのではない。
彼にはもっと素晴らしい資質が備わっているのだから。
そんな彼は今でも俺が初めて彼と出会った頃と同じ環境の中で働いている。
周りの全てが自分よりもかなり若い後輩だけになり、それでもその後輩たちよりも
仕事が遅く完璧な仕事が出来ない為に後輩たちに怒鳴りつけられている。
それに対して彼はいつも「すみません」「ごめんなさい」と頭を下げている。
俺がその会社に出入りしている1人の業者であり、彼がその状況に耐えながら必死に
仕事を続けていこうとしている以上、何も口出しは出来ないが、せめて少しでも
気晴らしになればと思い、飲みに誘う程度の事しか出来ないのだが。
そんなある日の事、俺が彼の会社に行き彼の近くに行って世間話でもしようとすると
彼の方から
「僕に近づかない方が良いです・・・呪われてしまいますから」
と言ってきた。
そのまま俺から離れていった彼にはその言葉の意味を聞く事が出来なかったから
俺はいつも仲良く世間話に付き合ってくれる事務員さんに聞いてみた。
すると意外な言葉が返ってきた。
嶋田さん、なんか全ての業を一人で背負ってしまうみたいですよ・・・と。
業って一体どんな?
そんな疑問が浮かんだが詳しい話を聞いていくうちに次第に状況が理解出来た。
その会社では新たに倉庫として使う為に使われず放置されていた農家の倉庫を購入した。
その倉庫は1階部分と2階部分に分かれており倉庫として使われていたにしては奇妙としか思えない祭壇や住居部分、そして頑丈に護符で封印された鉄の扉が備わっていた様だ。
きっと社長からもすぐに倉庫として使える様に整備・掃除をするように言われていたのは容易に想像できるが社員の何人かはあろうことかその鉄の扉を開けてしまった。
何重にも貼り巡らされている護符の紙を全てはぎ取り盛大に鉄の扉をあけ放ってしまった。
扉の奥には小さな鉄の椅子が置かれておりその上には黄色く変色した紙で出来たヒトガタが置かれていた。
彼らはそれを面白がって持ち帰った。
しかし、それからその会社では怪我人が続出し機械に挟まれて指を落としてしまう者まで出てしまう。
その他にも事故が頻発し車内でも奇妙な声や黒い人影を視たという者が続出した。
会社の社長はすぐに人伝に霊力の高いお坊さんを紹介してもらい会社内を見てもらった。
そして、新しく購入した倉庫を見た時、そのお坊さんは匙を投げるしか無かったという。
農家の倉庫だと思われていた倉庫はとある邪教の修行場として利用されていたものでその邪教では邪神の類を崇拝し奉っていた。
その力は凄まじくどういう理由なのかは分からないがその力を抑え込む為に辰の扉の中に封印されていたものらしい。
そして、それが封印される前には次々と死人という形で犠牲者が出た。
一気に大勢が犠牲になる事は無いが1人を確実にとり殺してからすぐに次の犠牲者をとり殺す。
そんな呪いにも似た形で犠牲者が増えていき、扉が解き放たれた今、当時と同じ死の連鎖が始まる。
そして、自分には到底そのようなバケモノを鎮める力は無く、後は再び奇跡を待つしかないのだ、と言われたそうだ。
そして、その話を知って嶋田さんが手を挙げた。
今まで何の役にも立ちなかったのだから自分がその呪いを請け負う、と。
そして、なんとしてでも自分で死の連鎖を断ち切ってみせる、と。
そうして嶋田さんは鉄の扉の奥に安置されていたヒトガタを肌身離さず持ち歩いているそうだった。
話を聞き終えて俺は愕然とした。
つまり嶋田さんは人身御供として死のうとしているのか?と。
修行を積んだ能力者なら悪いモノを自分の中に取り込んたりおびき寄せたりして沈めるというのを聞いた事があるが完全なる素人の嶋田さんにそんな事が出来るはずがなかった。
しかも、周りの同僚を救う為に自分が犠牲になる?
そんな馬鹿な事が現代で通用するはずがない。
それに相手がそれほど恐ろしいモノならば尚更だ。
単なる無駄死になるしかなく、死の連鎖が止まるはずも無いのだから。
俺はすぐにAさんに連絡を取った。

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