五つ目の選択肢・その3
そんな事を考えていると少し離れた場所で車に寄り掛かり、缶コーヒーを
飲んでいたAさんが口を開いた。
来ます・・・・もうすぐ此処に!
そう言って車から立ち上がるAさん。
えっ、何が来るって?
ちゃんと主語を言ってくれなきゃわかんないじゃん?
と俺が返すとAさんは
本当に相変わらず緊迫した空気を台無しにしてくれますよね?
映画とかだったらこの場面は登場人物全員が身構えるシーンなんでしょうけど、
平和ボケというか呑気というか・・・。
でも、彼はちゃんと分かってるみたいですよ?
そう言われて俺は嶋田さんの方を見た。
すると彼は険しい顔つきで一点を見つめていた。
そして、
あれが来ます・・・・すぐに逃げてください!
ここは僕が・・・・・なんとか立ち塞がりますから・・・。
と叫んだ。
しかし、そんな言葉など聞こえていないかのようにAさんは嶋田さんが睨みつけていた
方向に向かって右手の掌を差し出した。
一瞬空気が歪んだ様に見えた。
そして次の瞬間、けたたましいラップ音が聞こえ周囲は一気に静かになった。
そして、それまではどんより重く息苦しささえ感じられた空が何処か爽やかささえ
感じさせていた。
Aさんは嶋田さんに声を掛けた。
ふ~ん、ちゃんと視えてるんですね・・・今のも・・・。
Kさんよりよっぽどつかえるかも(笑)
霊的な資質はそれ程無いように見えるんですけど昔から視えてたんですか?と。
すると嶋田さんは
いえ、僕にはそもそも霊感なんて備わっていなかったと思います。
でも、このヒトガタを手にしてからあいつらの姿が視えたり声が聞こえたり
するんです・・・。
でも、今のって貴女がやったんですよね?
しかも、一瞬で・・・。
貴女って何者なんですか?
と返す。
するとAさんは
Kさんからはバケモノ呼ばわりされてるみたいですけど普通の人間の女ですよ(笑)
ちなみに霊能者とかモデルとかアイドルと間違われる事もありますけど学校の
先生をしてます・・・。
と返しやがった。
モデルは分かるがアイドルに間違われたという事実は今まで聞いた事が無い・・。
いや、そういう問題じゃなく、一体誰がチクりやがった?
俺がAさんの事をバケモノと呼んでいるという事実を?
俺はもう気が気ではなかった。
俺の中ではその悪霊なんかよりAさんの方が圧倒的に恐ろしいのだから。
それに本気で怒った時のAさんの恐ろしさもよく理解しているのだから。
いや~、それにしても姫ちゃんも住職も来るのが遅いね・・・。
俺は話しを逸らす事に必死だった。
するとAさんは少しニヤニヤした顔でこう返してきた。
別に怒ってませんよ(笑)
まあ、どうせそんな感じだろうとは思ってましたから(笑)
それに今回は姫ちゃんもお坊さんも呼んでませんよ?
姫ちゃんは仕事で忙しいだろうし、お坊さんには今回のは荷が重すぎると
思いますから・・・と。
えっ、それじゃ誰を呼んだの?
仲間って他にいたっけ?
俺がそう聞き返すとAさんは含み笑いをしながら
まあ、今に分かりますよ・・・。
そう返してきた。
それにしても俺には気掛かりな事があった。
今回は富山の住職では荷が重すぎる?
ちょっと待て…そんなに危険な相手なのか?
それをAさん1人で?
今までだってそういう時には姫ちゃんとか霊能者仲間に手伝ってもらってたのに?
いや、1人じゃなくて仲間を呼んだって言ってたよな?
でも、その仲間って誰なんだよ?
そんな俺の不安と疑問を見抜いたかのようにAさんから
それじゃ、早速行きますかね・・・。
と声を掛けられた。
目的地までの道中、嶋田さんが真面目な顔で尋ねてきた。
Kさんはいつもこんな人達と一緒に行動してるんですか?
さっき僕が見た光景は、このAさんという方が手をかざしただけで沢山の異形のモノ達が
自爆したみたいに消し飛びました。
ほんの一瞬のうちに・・・。
Kさんってうちの会社に来ている営業さんだと思ってたけど違うんですか?
なんかこう、もっとすごい力を隠し持ってるとか・・・・。
Aさんと同じように・・・。
嶋田さんがそう話し終えるよりも先にAさんが口を挟んでくる。
ちゃんと営業として認識されてるんですね・・・。
良かったですね・・・Kさん?
えっと、勿論Kさんも凄い力を持ってるんですよ!
こうやって車を運転したり、ジュースを買いに行ったりケーキやチョコを買ってきたり、
それから、えっと・・・あっ、美味しい食べ物も御馳走してくれるし重たい物も
運んでくれますし・・・。
それと自宅では掃除、洗濯、皿洗いとなんでもこなす凄腕の家政婦さんも
やってるみたいですし・・・。
確かに霊的な部分に関しては完全に宝の持ち腐れ状態ですし本人にもやる気が無いので
雑用係として利用させてもらうしかないんですけどね・・・。
と好き放題言い放つ。
そして、しばらく間をおいてからAさんは静かに言った。
今回の相手は私が思っていたよりもかなり厄介な相手です。
さっきのは単なる脅しという事なんでしょうけど、それでもあれだけのレベルだとしたら
もしかしたら想定外の相手なのかもしれませんね。
まあ、別に良いんです。
相手が何であろうと放り出して逃げたりしませんから安心してください。
乗り掛かった舟・・・というやつですから。
ただ、やはり姫ちゃんにも少しだけ手伝ってもらう事にします。
もうその念は送りましたけど・・・。
今回はどうやら嶋田さんやKさんの事を護っている余裕は無さそうです。
だから、姫ちゃんには嶋田さんを守護してもらう事にしました。
遠隔という事になりますが・・・。
そして、Kさんですけど・・・まあ自力で何とか身を護ってください。
伊達に強いお姉さんが憑いている訳じゃないでしょうから?
そう言われて俺はがっくりとうなだれるしかなかった。
そうして車は件の倉庫前へと到着した。
俺たちは車から出て倉庫の前に立つ。
もう既に姫ちゃんの加護が憑いてますから滅多な事は無いと思いますが、怖かったら
車の中で待っている方が安全ですよ?
そんなAさんの言葉に嶋田さんは首を横に振った。
そして、
さっきからよく名前が出てるひめちゃんって誰の事ですか?
お姫様・・・とか?
意味が分からないんですけど・・・。
と嶋田さんが聞くとAさんは
まあ姫ちゃんって呼ばれてる凄い子がいるんですよ!
稀に存在する、生まれついての凄まじい力を持った霊能者ですね。
その子は霊的な攻撃も守護も祓いもこなすもんですから重宝するんですよ!
そして、その子が使役している最も強い霊獣が既に嶋田さんの傍で護ってくれてます。
まあ、私とは相性は良くないんですけど見方にすればこれほど心強いモノは
いないと思いますよ。
その守護を破ろうとしたら、それこそヤマタノオロチかスサノオでも
連れてこないと無理かもしれませんね(笑)
だって、もうずっと前から酷い息苦しさとか頭痛とか吐き気を催してるはずなんですけど
大丈夫みたいですからね。
まあ、Kさんにはよくその意味が分かってると思いますけど?
確かにその通りだった。
此処に近づくにつれてどんどん頭痛と耳鳴り、そして鳥肌が酷くなっていた。
強い守護霊が憑いていてもこれ程とは・・・・。
正直、これからの展開に不安しか感じられない。
倉庫に近づいていったAさんはかなり険しい顔つきで
なんか凄く威嚇してきてますね・・・。
完全に臨戦態勢・・・みたいです。
久しぶりです・・・私も武者震いが止まらない・・・。
そう言うと口角を持ち上げて笑ったように見えた。
確かにAさんの本気は俺の想像を絶するものがある。
そのAさんが武者震い?
ちょっと勘弁してくれ・・・。
本当にAさんひとりだけで大丈夫なのか?
すると、Aさんが声を掛けてきた。
それじゃ、行こうか・・・。
えっ、俺も一緒に倉庫の中へ入らなきゃいけないのか?
いや、それは無理だろ?
そう思いながら泣きそうな顔をしているとAさんがまた口を開いた。
あっ、別に今のはKさんに言ったんじゃありませんから・・・。
一緒に来たって何の役にも立たないし・・・。
私が声を掛けたのは此処にいる仲間に対して・・・ですから安心してください、と。
えっ?
此処にいる仲間?
やっぱり俺じゃん?
と返すと
あっ、説明が足りませんでした。
この場に及んで、私の助けになってくれるくらいの力を持った仲間、です。
もうさっきからずっと近くに居るんですけど視えてませんよね?
と返された。
いや、そう言われても俺には何も視えないんだが・・・?
しかし、そこからAさんが歩を進めていくと確かにAさんの両脇に二人の
女性の姿が見えた。
えっ、いったいあの二人は何処から現れたんだよ?
そう思っていると嶋田さんが口を開いた。
あの両脇の女性二人も霊という事なんですかね?
なんかぼんやり青白く光ってるんですけど・・・と。
そう言われても何も視えていない俺には返事のしようも無かったが。
そうしてAさんは倉庫の引き戸を開けて中へ入る。
すると、その直後、まるで自動ドアの様にその引き戸がバーンと音を立てて
閉まった。
嫌な予感しかしなかった。
しかし、いつもそんな時でもAさんは短時間で全てを終わらせて退屈そうに
戻って来るのを俺は何度も見てきている。
だから、その時もきっと・・・。
そう思っていた。
それからどれだけの時間が経過しただろうか?
なかなか戻ってこないAさんが流石に心配になってくる。
嶋田さんと
どうする?
中の様子でも見に行こうか?
そんな会話をしていた時、突然Aさんが倉庫内から飛び出してくる。
そして、ぼんやりと立っている俺に向かって
さっさと車出してください!
ちょっとヤバい状況です!
早く此処から逃げないと!
そう言われ俺は慌てて車に戻りエンジンをかけた。
それと同時に車に飛び乗ってきたAさんと嶋田さんを乗せてその場から車を急発進させた。
何が起きたのかもわからなかったが、とにかく俺にはAさんに急かされるまま車を
走らせるしかなかった。