あいのり

飲み会が多い時期に困るのはやはりタクシーがつかまらない事。
飲みに出て盛り上がり、気が付いた時には午前0時を回っているという事は誰にでもあるのではないだろうか?
そんな時刻にバスが走っているはずも無く、頼りはタクシーという事になるがそんな時に限ってタクシー乗り場に長蛇の列が出来てしまっていると絶望に近い感覚になる。
しかもタクシーは引っ切り無しに来る訳ではないのだから待つといっても数時間という場合もザラにある。
それでもそのまま大人しくタクシー待ちの長い列に並ぶか、それとも自力で歩いて帰るのか?
俺はいつもタクシーを待っている時間が勿体なくて歩いて帰るという選択をするが、そんな悠長な事を考えられるのも冬以外の季節に限定される。
金沢の冬は寒く下手に歩いて帰ろうものなら風邪をひくだけではなく怪我や事故死の危険性すらある。
もっとも俺が歩いて帰ろうと考えられるのも徒歩で30分~40分という距離だからであり、もっと遠くの自宅へ帰らなければいけないとしたら徒歩による帰宅は非現実的なものになるのかもしれない。
そんな時に便利なのが、贔屓のタクシー運転手を確保しておく事。
その場合、相乗りになる事も多いが、それさえ我慢すれば確実に帰る手段を確保出来る事になる。
しかも遠回りになったとしても相乗りした客で運賃を負担する事になるから案外安く帰れたりもする。
こう書くと、便利で良いことだらけと思われるかもしれないが1つだけデメリットも存在する。
それは相乗りする客を選べないという事だ。
泥酔したおっさんやキャバ嬢と相乗りになり嫌な思いをした事が俺にも何度もある。
しかし、これから書いていくような相乗りというものも確かに存在しているようだ。
関西の地方都市に住む渡部さんは週末に良く繁華街へ飲みに出る。
その際に困るのがやはり帰る手段の確保だという。
彼が住んでいるのは繁華街から車で1時間ほどかかる地域。
そうなるとさすがに徒歩で帰るという選択肢は消えてしまうそうだ。
だから彼はいつも贔屓のタクシーを数台確保している。
しかしその夜はどれだけ連絡しても電話にすら出てもらえなかった。
そうして最後にかけた電話に出てくれたのがTというドライバーだった。
・・・あっ、別にいいですけど・・・いつものように相乗りになりますよ?
そんな返事を断るほど彼は馬鹿ではなかった。
相乗りなんかいつも通りだし、案外可愛い女の子と一緒になったら嬉しいな~
そんな程度の事しか考えてはいなかった。
待ち合わせしたのはいつもの場所だったがTのタクシーがその場所にやって来たのは約束した時刻より20分以上遅れての事だった。
彼が乗り込むと既に後部座席に1人、そして助手席にも1人が乗っていた。
後部座席の中年男性はかなり泥酔して眠っている状態だったが助手席に乗っていたのは若く可愛い金髪の女の子だった。
彼は少し嬉しい気持ちになったらしいが、あからさまに嬉しい顔をするのも変だと思い出来るだけ平静を装った。
そうしてしばらく乗っていると一番最初に降りたのが泥酔して眠っていた中年男性。
その男性が降りた途端、彼は堪えきれずに嬉しそうに助手席の女性に話しかけた。
・・・お姉さん、可愛いね~
・・・今度一緒に飲もうよ~
・・・どこのお店で働いてるのさ?
そんな感じで。
彼としてもウザがられるのを覚悟してのトークだったが予想外にその女性も軽く返してくれた。
・・・え~もう可愛くなんかないですよ~
・・・いいですね・・・一緒にいきたいですね~
・・・もうお店はかなり前に辞めちゃったんですよ~
という感じに。
彼としても嬉しくなってしまい今度は口説きだしてしまったそうだ。
しかし、その女性は彼の口説き文句など耳に入らないという感じで
・・・すみません・・・怖い話聞いてもらいたいんですけど良いですか?
そう言って勝手に怪談を語り始めてしまう。
しかもそれはタクシーに纏わる怪談だったらしく、彼としても
・・・なんか縁起が良くないんだけどなぁ・・・・。
と思いながらも相鎚を打ちながら怪談に耳を傾けてしまったという。
そして何話目かの怪談を聴き終えた後、今度はこんな前置きをしてから別の怪談を語り始めた。
・・・今度はこのタクシーに関する怪談をやっていきますね~
・・・私達はもう仲良しだから~・・・・と。
それからどんな話を聞かされたのかはよく覚えていない。
しかし気が付いた時には酷い衝撃と共に彼は意識を失ったという。
次に目を覚ました時には彼は集中治療室で数えきれない管と装置に繋がれた状態だった。
事故から1週間以上が経過しておりその間、彼は生死の境を彷徨っていたそうだ。
ドライバーのTは事故死したと聞かされた。
そしてもっと驚いたのはその夜、タクシーに相乗りしたのは先に降りた男性1人だけだったという事。
どうやら事故自体はTによる自殺だと断定されたが、それではずっと一緒に乗っていたあの女性は存在すらしていなかったというのか?
今にして思うとその女性が話していた言葉も意味深に感じてしまう。
やはり自殺をしようと走らせていたTのタクシーに女の霊が相乗りしてきたという事かもしれない。
仲間を作るために・・・。

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