籠の中の小鳥(後編)

振り返ると派手な服を着た美人さんが立っていたそうだ。
その女性は二人に着いてきて家を外からしばらく見ていたが、やがてひとりで頷いてこう言ったという。
 
なんとなくわかりました。
この家の怪異の原因も・・・そして女の子の行方も・・・。
でも、今すぐにはなんとも出来ません。
だから次の日曜日、またお邪魔しますね!
 
そう言って帰っていったそうだ。
そしてここからは俺とAさんのやり取り。
 
俺 あのさ、なんで仕事で疲れてるのに帰り際に呼び出されなくちゃいけないの?
A 何言ってるんですか?疲れてるのは私も一緒なんですけどね?
俺 いや、そういう事を言ってるんじゃなくてさ。俺だって忙しいんだよね?
A  何言ってるんですか?私だって忙しいんですよ?
俺 ・・・・・・・汗
A でも良かったじゃないですか?仕事帰りにこんな美人と会えるなんて!
俺 ごめん、美人って誰の事?
A この部屋には私とKさんしかいませんから当然私の事になりませんか?
俺 ごめん、これまで一度も美人なんて思ったことないわ(笑)
A そうですか・・・(そう言ってから一度俺を殴る)
俺 はい、ごめんなさい・・・用事はなんでしょうか?
A そうです、用事があるから呼んだんですよ。私には出来ない仕事を代わりにやってもらおうと思って・・・。
俺 えっ、何?どうせまた雑用か危険な事でしょ?
A なんですか、それ?今までKさんに雑用とか危険な事なんてさせた事ないですよ?
俺 いや、どっちかというと雑用か危険極まりない事ばかりさせられてきたけど?
A それってただの被害妄想だと思います。とにかくKさんには拒否権はありませんから。
俺 それもいつもと同じじゃん?で、何させようっていうのよ?
A とても簡単な仕事です。とある家に行って悪い子をおびき出してきて欲しいだけです。
俺 なんで俺が?Aさんがやればいいじゃん?
A 私では用心して出てこないんですよ。かなりずる賢い奴みたいで・・・。
俺 一応聞いておくね・・・悪い奴って恐ろしい悪霊の事だよね?
A いえいえ、Kさんにかかれば単なる雑魚キャラですよ(笑)
俺 それもいつものパターンだよね。つまりはかなり危険な相手という事だよね?
A 大丈夫ですよ。Kさんには守護霊もいるし・・・だから死ぬ事は無いかと(笑)
俺 えっと、ここで俺が拒否したらどうなるの?
A そうですね・・・確実に死ぬかもしれませんね・・・。
俺 はい、わかりました。でもなんでそんなに力が入ってんの?
A 別に理由は無いですよ。単にその悪い奴が許せないだけです。
俺 そうじゃなくって頼んできたのはAさんの知り合い?
A 違いますよ。私が偶然、街なかで見かけた方ですよ。良い方達です(笑)
俺 そうですか。その人達を助けたくなったんだ?
A うるさい人ですね、相変わらず。で、どうします?ここで死にます?それとももう少し長生きします?
俺 はい。もう少しだけ長生きさせていただきます・・・汗
 
そうして俺とAさんはしばらくの間、打ち合わせに集中した。
俺は綿密にメモを取り、Aさんはといえば温めた肉まんとあんまんを交互に口に運びながら。
そして当日の日曜日になった。
俺がAさんを車で迎えに行き、そのまま指示されたとおりに走っているとやがて古い家の前に到着し停止させた。
その家の前では待ちわびたかのように老夫婦が立っており俺たちが到着するのを見て嬉しそうに歓迎してくれた。
家の中へ入った俺たちは老夫婦からの盛大なもてなしを受けた。
豪華ではないが手作りと一目でわかる料理が並び何故か俺とAさんはそれを美味しくいただく事になった。
その間、喋るのは俺だけでAさんといえば黙々と料理を食べ続けている。
俺もついつい話が弾んでしまい老夫婦と色んな事を喋り楽しい時間を過ごしていた。
そうして1時間ほどが過ぎた頃だろうか。
突然Aさんが口を開く。
すみませんけど、そろそろ予定通りの行動をお願いできますかね?
残りの料理は私がちゃんと食べておきますから・・・と。
俺は渋々ではあるが立ち上がり部屋を出ると廊下へと出る。
廊下に出る際、ふと振り返ると言葉の通りにAさんが口に入りきらない程の料理を次から次へと口へ運んでいる。
おいおい・・・単に料理を独り占めしたかったのかよ?(笑)
そう思いながら俺は打ち合わせの通りに2階への階段を上っていく。
階段を上がっているうちから嫌な気配がひしひしと感じられて身が引き締まる。
そして2階はやはり暗く感じられた。
晴れた日の昼間、カーテンも閉めてはいないというのにその暗さは普通ではなかった。
しかしAさんとの打ち合わせではこれからが本番だった。
俺はゆっくりと2階の廊下を移動していく。
廊下といってもさほど広くはなかった。
階段の左右に1室ずつがあるだけ。
それなのに恐怖がそうさせるのか、体がうまく動かない。
それでもAさんが近くで待機している事だけを信じて俺は歩を進める。
時間は掛かったが何とか2日の部屋の全てを確認する事ができた。
しかし異常は何も感じられない。
 
此処に一体何がいるっていうんだよ・・・?
 
しかし俺としては何も見つけずに1階へ降りるわけにはいかなかった。
もう一度確認してみるか・・・。
そう思い振り返った時、廊下の先に誰かが立っているのが分かった。
小さな女の子?
もしかして話に出てきていた老夫婦が探してほしいという女の子なのか?
それにしてもこんなに簡単に見つかるもんなんだな・・・。
俺は優しく女の子に声をかけようとした。
しかし俺の本能がそれを制止した。
これは件の女の子なんかじゃない!
もっと危険で邪悪なモノ・・・。
そうAさんが俺におびき出すように頼んできたターゲット。
そもそも女の子の姿をしているが絶対に女の子の霊なんかじゃない!
もっと遥かに恐ろしいモノ・・・。
その姿を見た者を生かしてはおかない程の絶対的なモノ・・・。
だとしたらどうすればいい?
こいつからは危険極まりない何かを感じる。
全てを蹂躙する事、そして逆らうものは迷うことなく殺してしまう様な狂気がひしひしと感じられる。
そしてコイツの強さ、そしてヤバさも・・・。
下手に動かない方が良いのは分かっていた。
しかし、このまま此処にいても結果は同じだろう。
つまりはどちらにしても助からない・・・殺される・・・。
そんな事ばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。
冷や汗ばかりが背中を伝って流れていく。
声を出してAさんを呼ぼうか?
いや、そんな事をしたらAさんがやってくる前に俺は殺されてしまうかもしれない。
どうする?・・・どうすればいい?
 
もう役目は終わりました・・・邪魔です。
その刹那、背後から声が聞こえた。
Aさんの声が・・・。
振り返ると階段の上り口から顔を出しているAさんが見えた。
ホッとしてその場にへたり込んだ俺にAさんは更なる暴言を吐く。
邪魔です・・・巻き添えになって死にたいんなら好きにすればいいですけど?
その声を聞いて俺は必死に階段を駆け下りた。
もう俺には何も出来る事など無かった。
だから後はAさんに任せるしかない。
Aさんこそが本隊であり主戦力なのだから!
1階へ降りた俺は不安そうな老夫婦と固唾をのんでじっとしているしかなかった。
ふざけんな!
いい加減にしろ!
時折、聞こえてくるAさんの罵声。
そしてとてもおぞましい何かの咆哮。
家が壊れるんじゃないか?と感じながら過ごした時間はとてもとても長く感じられた。
そして突然、断末魔にも似た叫び声が聞こえた後、家の中は一気に静かになった。
そうしてしばらくするとAさん階段を降りてきた。
右手に何かをぶら下げて・・・。
 
ちょっとおとなしくしなさいって言ってるでしょ?
だから子供はウザイんだよ・・・。
そんな言葉を吐きながら俺の前にやって来たAさんの右手は背中を掴むようにして女の子をぶら下げていた。
明らかに先ほどのモノとは違う女の子を・・・。
それを見た老夫婦は女の子に近づき涙を流している。
これで目的は達成できたのかな・・・。
そんな事を考えながら微笑ましく見ているとAさんが愛想無くこう言った。
 
この子、私を怖がっちゃってて・・・ちゃんと教えといてくださいね。
この綺麗なお姉さんが助けてくれたんだって!
それと私はもう帰りますね。
子供は苦手だし、ちょっと疲れたので・・・。
そう言ってさっさと家の外へと出ていった。
慌てて老夫婦に挨拶すると俺はAさんの後を追う。
後ろ姿のAさんは左足を引き摺りながら歩いていた。
それだけの相手だったという事なのだろう。
それから何も話してくれないAさんを送り届けてから俺は家に帰った。
少し心配していたがそれから数日後、いつものファミレスで会ったAさんはいつも通りに元気になっていた。
相変わらず大量の料理とスイーツを勝手に注文し1人で幸せそうに食べているAさんに聞いた。
あれの詳細を聞かせてよ・・・頑張って手伝ったんだからさ?と。
するとこんな返事が返ってきた。
 
A えっとですね。あれは二人の霊がいたっていう事ですね。老夫婦と仲良くなったのはその家に昔からいた女の子。病気で亡くなってそのまま家に縛られていた女の子の霊です。怖がりということ以外に特に害はありませんね。問題はもう一体のほうです。更に古い事態の悪霊ですがふらふらと日本中を彷徨っててあの家に立ち寄ったみたいです。とにかく危ない奴でこれまで古から多数の霊能者と呼ばれている僧や神官をなぶり殺しています。悪霊は時間が経てばたつほど、そして霊能者を殺せば殺すほどその力が増していきます。そんな奴がやって来てからあの女の子はあの悪霊の言いなりになっていたみたいで。でも老夫婦に出会ってとても幸せな気持ちになれた事であの悪霊に立ち向かった。老夫婦を護るために。でもね。勝てるはずが無いんですよ。アリが象に立ち向かうみたいなものですから。でもあの女の子はイジメられるのを、痛めつけられるのを覚悟して立ち向かった。結果として幽閉されてしまったという事です。ボロボロに痛めつけられてね。そういうのってムカつくじゃないですか!だから助けたくなったんです。私が老夫婦の家に初めて行った時、あの悪霊は全ての気配を隠しました。つまりそんな事まで出来る奴なんです。だからアイツをおびき出す必要があった。本来なら姫ちゃんに頼まなくちゃいけなかったんですけど今はこの地に姫ちゃんはいない。だったらKさんしかいませんからね。まあ酷い目に遭ったとしても死ぬ事は無いだろうな・・・って。そんな感じです。
俺 まあそれはいつもの事だからもう慣れっこだからいいよ。でもさ、結局あの女の子と老夫婦は幸せなのかな?人間と霊でしょ?
A 人間と霊が仲良くやっている事例なんて履いて捨てる程ありますよ?私の周りにもいますからね。それにつまりはあの老夫婦も女の子も寂しかったんだと思いますよ?だから魅かれあった・・・。今頃は本当の祖父母と孫みたいにのんびりレコードを聴きながら庭でも見てるんじゃないですかね・・・
 
それを聞いて俺も安心できた。
安心するとやはりお腹が空いてくる。
 
俺 あのさ、一度やってみたかったんだけどさ?いつも俺の頼みを聞いてくれる見返りに俺がAさんに奢ってるじゃん?でも今回はAさんからお願いされて俺が協力したよね?だからさ、今夜は俺がAさんに奢ってもらっていいんだよね?
A は?何訳の分かんない事を言ってんですか?老夫婦の家で楽しそうに話してたのは私じゃなくてKさんの方でしたよね?という事はKさんの方が私よりも老夫婦と仲が良いって事になります。つまり私こそがKさんと仲が良い老夫婦を助けてあげたという事になりますよね?だから奢ってもらうのは私ですね。というより今日も私はお財布なんか持ってきてませんから!
 
どや顔でそう言われてしまうともう俺には何も言う事は無かった。
俺の財布がまた軽くなっていく・・・。
 
 

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