検問

神田さんは30代の会社員。
独身の彼は京都市内のワンルームマンションで一人暮らしをしている。
そんな彼には2か月ほど前に新しい彼女が出来たらしく充実した生活を送っているそうなのだがひとつだけ困っている事があるのだという。
それは、付き合いだした彼女が実は心霊スポットマニアだったという事。
付き合いだした初期の頃にはそんな感じは微塵も感じなかったが次第にホラー映画を一緒に観せられるようになり、それが最近ではデートという名の心霊スポット巡りに変わっていった。
彼自身、心霊系には全く興味が無く、そもそも怖いモノが苦手だった。
しかし彼女に「一緒に行こうよ」と誘われるとついOKしてしまう。
もしも誘いを断って臆病者として認識されるのだけはどうしても避けたかった。
そして、ある日の夕方に京都ではかなり有名な心霊スポットと言われているトンネルに行った。
それからの事だった。
全てが上手くいかなくなり幻聴や幻覚まで見る様になったのは。
その事を彼女に話すと
凄いやないの!
霊感が強いんやね!
それって幻覚や幻聴やなくて絶対に霊やと思うよ!
と全く心配もしてくれず、それどころかどんなモノが視えたり聞こえたりするのか?とワクワクした顔で聞いてくる始末。
彼自身も自分に霊感があるなどとは思ってもいなかったらしいが、一つだけはっきり言える事は彼女にはほぼ霊感が備わっていないという事だった。
彼女と一緒にいる際に変な声が聞こえたり見知らぬ女が部屋の中に現れても彼女はそれに全く気付かない。
つまりは、霊感が無いからこそ、これほど心霊スポットにのめり込めるんだろうな、と最近では納得している。
しかし彼女と一緒にいる時はまだマシなのだという。
仕事から帰り一人で部屋の中に入る時こそが彼にとって最も恐ろしく生きた心地がしない時間になる。
つまり部屋の中にいる霊がはっきり視えてしまうのだそうだ。
そんな時はいつもすぐに外出して気を紛らす為にネットカフェで時間を潰す。
すると、深夜になり彼が自宅へ戻った頃にはもう霊の姿は消えてくれていた。
しかし、そのうちに霊も学習したのかもしれない。
彼が外から帰ってきても幽霊が部屋の中に居残っている事が多くなった。
だからそんな時、彼はいつも酒の力を借りた。
酒を飲んで酔っ払うとそんな事はある程度はどうでも良くなってしまうのだという。
しかし彼はあまりアルコールが強くないらしく酒を飲むのはいつも早めの時刻と決めていた。
そうしないと翌日の出勤にも遅刻してしまうのだ。
しかし、ある夜、彼は仕事から帰宅すると飲むつもりのなかった酒を飲む事になった。
とにかく吐き気がひどく頭もガンガンと痛んだ。
きっとこれも霊の仕業だと思い、酒を飲んでみるとすぐに吐き気が収まり頭痛もあっさりと消えてくれた。
そして、そのまま恐怖からの自己防衛と体調維持の為に彼は酒を飲み続けた。
そのまま寝落ちした彼はセットしてあった目覚まし時計に起こされる事になった。
まだ酒が残っている様で頭がガンガンと痛んだが仕事を休むわけにはいかない。
吐き気と頭痛に耐えながら、スーツに着替えて仕事に出かけた。
休日出勤の為に・・・。
自分の車で会社に向かう彼。
時刻は日曜の午前9時頃。
そして、彼はあり得ない光景を目にしてしまう。
前方では明らかに警察による検問が行われていた。
彼の頭の中では真っ先に
もしかしたら飲酒運転で捕まってしまうんじゃないか?
という不安が浮かんできた。
警官に気付かれないように横道に入って検問から逃げようか・・・。
そう思ったが決断力のない彼はそのまま進んでしまい結局は検問に停められたという。
すみません・・・飲酒の検問やらせてもらってます・・・。
警官からその言葉を聞いて彼はもう完全にパニックになってしまった。
すると、その様子を見た警官の一人が彼を検問の車の列から少し開けた場所へと誘導した。
そして、警官の指示通りに車を停車すると、その警官は車から降りる様に彼に指示してきた。
やっぱりもうだめだ!
彼がそう思っていると、その警官は、
うーん、やっぱりだな・・・。
と言うと
最初に車からやるからリアのトランクを開けてくれる?
君はその次やから・・・。
と想定外の言葉を続けた。
彼は呆然と警官の動きを見つめていた。
すると、その警官は、空いたトランクの中に向かって何かを言いながら手を何度も宙に動かした。
そして、それが終わると今度は彼に近づいてきて
少しびっくりするかもしれんけど我慢してな・・・・。
と言って彼の背中に何か文字のようなものを書くかのように指をなぞらせてから彼の背中をバンバンと何度も叩いたという。
そして、それらが全て終わると、
もうこれで大丈夫やと思うけどな・・・。
でも、あんまり危険な場所には近づかん方がええよ・・・。
命あっての物種やからな・・・。
と言って笑顔を見せたという。
それでもその場から動けない彼を見て、
あっ、君は飲酒運転やないからな・・・。
このまま行ってええよ・・・。
と声を掛けてくれたそうだ。
その警官との出会いがあってから彼は全てが上手く回りだし吐き気も頭痛も感じる事は無くなった。
そして、それまでは当たり前になっていた幻覚や幻聴、つまり霊の声や姿を視る事も無くなったそうだ。
この世には霊能者と名乗っていなくても凄い人は存在している。
いや、霊能者と名乗っていないからこそ凄い能力を維持できているのかもしれないが。
 
 

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