祖母の優しさ

物心ついた頃から彼女の世話はいつも祖母が見てくれていた。
両親が共働きだった事もあり比較的近所に住んでいた祖父母が彼女のお守り役になった。
彼女は一人っ子だったが彼女の周りにはいつも厳しい祖父といつも優しい祖母が
いてくれた。
だから彼女はいつも祖母にまとわりつくようになった。
祖父は何かをしようとするといつも厳しく叱責して、
早く自分の事は自分でできるようになりなさい!
それがお前を護ってくれるんだからな!
と言い聞かせていた。
だから彼女は祖母の事は大好きだが祖父の事は大嫌いだった。
祖母が彼女を誘って外へ出かけようとするといつも祖父が邪魔をした。
あれこれ理由をつけて彼女と祖母が一緒に外出できないようにした。
そんな祖父がある時急死した。
夜に祖母と一緒に寝たはずだったが朝になっても起きてはこなかった。
心不全・・・。
それが死因だと聞かされた。
ただ、彼女は祖父の死を悲しくは感じなかった。
これでやっと優しい祖母だけと一緒にいられる・・・。
思い内心ではホッとしていた。
祖母と二人で一緒に暮らすようになると確かに楽しかった。
いつも祖母は優しくしてくれたし外にもいっぱい出かけた。
外に出たことで事故やケガに遭う事もあったが、それでも彼女は幸せだった。
そして、小学5年になった頃、彼女はある違和感に気が付いた。
それは何を話していても祖母は
「そうかい・・・そうかい・・・」としか言わなかった事。
彼女が泣いていると
「私まで悲しくなるから泣き止んでおくれ・・・」としか言わなかったし
何かを相談しても
「自分がやりたい事をすればいいよ・・・」としか言わなかった。
何か強い違和感を感じた彼女はある時カマを掛けるようにこう聞いた。
話始めると「そうかい・・・そうかい・・・」と返し泣き出すと
「私まで悲しくなるから泣き止んでおくれ・・・」と返してきた。
そこで彼女は、思い切って
「私をいじめている友達を殺しちゃってもいいかな?」
と聞いたそうだ。
すると祖母はにっこり笑って
「お前がやりたいようにすればいいよ・・・」
と返してきた。
何故止めないの?と驚いた彼女が今度は
「いじめっ子を殺すよりも私が死んで方が良いのかな?」
と聞くと祖母はそれまで見せた事のない笑顔で
「そうだよ!それが一番良いよ!」
と目を輝かせて言った。
その時の祖母の顔に得体のしれない気持ち悪さを感じた彼女はその時のショックが
トラウマになり祖母とは距離を置くようになった。
しかし、それからも祖母は事ある毎に
「まだかい?」
と満面の笑みで聞いてきたという。
そして、中学を卒業するころに祖母が亡くなった。
通夜の席で親戚が集まった時、酒に酔った親戚の一人が彼女にこんな言葉を投げかけた。
〇〇〇はずっとお祖母ちゃん子だったから悲しくて仕方ないだろ?と。
しかし、その問いかけに彼女は無言で首を横に振った。
それを見た親戚の一人がこんな話を聞かせてくれた。
お前が生まれた時、一番喜んだのは先に亡くなった爺さんだったんだぞ?
婆さんはずっと男の子が生まれてくることを願っていたみたいでな・・・。
女の子のお前が生まれた時の失望は酷いものだった。
さっさと捨ててしまおうという婆さんを爺さんが止めてくれていたんだ。
だから本当にお前を愛してくれていたのは婆さんじゃなくて爺さんの方なんだよ、と。
勿論うすうす気づいてはいたがその言葉を聞いて彼女の不信感は確信に変わった。
そして、祖母が亡くなって誰も済まなくなった家を処分するにあたり遺品の整理にも
同行した。
勿論、祖母の秘密を探ろうとして・・・。
そして、そこで祖母の部屋の箪笥の引き出しの奥から出てきた和紙の包みを開いた時
彼女は背筋に冷たいものが走った。
和紙の中には小さな薄い木の板が入っており、そこには、祖母にとっていかに彼女が疎ましい存在だったのか?
が書かれていた。
祖母の邪魔が無ければ事故に見せかけて彼女を殺したいという願望。
そして、祖父が亡くなってからも事故に見せかけて彼女の殺せなかった事への後悔
の念が書き綴られていた。
そして、その中には、
「殺したい孫に我慢し続ける3箇条」と書かれたものも見つかり
そこには祖母が生前いつも言っていた
「そうかい・・・そうかい・・・」
「私まで悲しくなるから泣き止んでおくれ・・・」
「自分がやりたい事をすればいいよ・・・」
という3つの言葉だけを無感情に繰り返す事、というルールが書かれていた。
それを見て彼女は、
実は祖母が殺したいほど自分を嫌っていた、という事実を知って愕然とした。
それと同時に実は自分の事を護ってくれていたのは祖父だったのではないか?
だとしたら、もしかすると祖父はそのせいで祖母に殺されたのではないか?
と思うようになり長い間、人間不信になってしまい苦しんだそうだ。
何より祖母がいつも自分に注いでくれていた優しい眼差しはとても縁起とは
思えなかったから。
だから、今でも優しいだけの相手に対しては常に警戒してしまうそうだ。
現在は社会人になった彼女だが祖母の墓参りには一度も行ってはいない。
祖母にはもう関わりたくない・・・。
そんな一心で。
それでも、夢の中だけでなく1人で部屋にいると何処からか
「まだかい?」
「まだ死なないのかい?」
という祖母の声が聞こえてくるそうだ。
生前は彼女を嫌っていたはずの祖母・・・。
死んでもなお、彼女に何をしたいというのだろうか?

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