幻覚か現実か、オダギリさんの悪夢【稲川淳二オマージュ】

東京に本社を構える食品会社の中堅社員、オダギリさん。
この春、新製品の下見と打ち合わせを兼ねて、若手社員二人と共に冬真っ只中の東北へ出かけたのが始まりだった。
出発前、彼は部下たちに向かって、
「あのな、この時季は新鮮な魚で雪見酒、これはもう、最高だぞ！」と
ご機嫌で言いながら旅立った。

東北に到着すると、すぐに会社へ向かい、工場の下見や打ち合わせを行い、全て順調に終えた。
帰り際、取引先の方と「じゃ、また後で、宿に伺いますから、
ちょっと一杯行きましょうか」と約束し、宿に戻った。

宿に着いたオダギリさんは、疲れもあって、まずは温泉に浸かり、その後、軽く夕飯を食堂で済ませた。
ところが、急に体がだるくなり、熱っぽさを感じ始めた。
体調が優れないため、取引先の誘いを断り、若手社員二人を代わりに行かせることにした。

一人残ったオダギリさんは、自室に戻ることにした。
廊下をスリッパでヒッタ、ヒッタと歩き、自分の部屋に戻ると、こたつの上にはお茶のセットと新製品の見本や乾物のつまみが置かれていた。
ふたりの若手社員が帰ってくるまで、こたつで待つことにした。

体が温まるとともに、外のシンシンと降る雪の静けさに包まれ、
オダギリさんはついに眠りに落ちた。
どのくらい経ったのか、首筋にヒンヤリした風を感じて目を覚ました。
襖が少し開いているのを見て、寝ぼけたのだろうと思いながら閉めに行った。

襖を開けると、板の間の床にポタポタと滴が垂れた跡が続いている。
「あいつらが雪の中から戻ってきたんだな」と思いながら、トイレで用を足して戻ってきた。
体が冷えたため、再びこたつに潜り込んだ。

こたつの中で温まっていると、ふと何かを噛じりたくなり、こたつの上に置かれた乾物のつまみを探すために手を伸ばした。
その時、不意に冷たい手でギュウッと握られた。
慌てて手を引き抜き、起き上がるが、部屋の中には誰もいない。
ただ静まり返っているだけだった。

気味が悪くなり、誰かが自分を見ているような感覚に襲われ、オダギリさんはこたつの中に頭を突っ込んだ。
次の瞬間、「ぎゃあぁぁ！！」と悲鳴を上げた。
こたつの中には赤外線のランプの向こう側に
白い女の顔がジーッと覗いていたのだ。
オダギリさんはそのまま失神した。

後日談

飲み屋から戻ってきた若手社員二人がオダギリさんの部屋に行くと、
彼はこたつに頭を突っ込んでうなされていた。
額に手を当てると、熱がものすごく高かった。
すぐに病院へ担いで行くと、オダギリさんは
「女が、女が…」とうわ言を言っていた。

医者は「あんた、熱にうなされて幻覚を見たんだよ」と取り合ってくれなかったが、オダギリさんは「俺は確かに見たんだ！」と主張し続けた。
その後、オダギリさんは病院での治療を受け、数日後にようやく退院した。
しかし、彼はその出来事以来、白い顔の女の幻影に怯えるようになり、夜になると決して一人でこたつに入ることはなくなった。

退院後、オダギリさんは会社に復帰したが、あの夜の出来事が頭を離れず、仕事に集中できない日々が続いた。
ある日、彼はふとした拍子に、その温泉宿で撮った写真を見返してみることにした。
写真の中には、若手社員たちと共に笑顔で写るオダギリさんの姿があった。

しかし、一枚だけ、不自然に白い影が写り込んでいる写真があった。
それは、オダギリさんの背後に、白い顔の女がじっとこちらを見ているかのようだった。
ぞっとしたオダギリさんはその写真をすぐに処分しようとしたが、
手が震えてなかなかうまくいかなかった。

その後もオダギリさんは白い女の影に悩まされ続け、ついには精神的な疲労から会社を辞めることになった。
彼が本当に見たものは何だったのか、それは誰にも分からないままだったが、彼にとっては忘れることのできない恐怖の一夜であったことは確かだった。

（了）

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